NENOMETALIZED

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#天野花『girlfriend』が日本のポップミュージックの心臓部を撃ち抜く神曲として語られるべき理由

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Ⅰ. 2021年の神曲は間違いなく『girlfriend』

いや、この神曲という言葉はすでに多くの人によってもう使い古された言葉だし、やもすれば大袈裟に聞こえてしまう側面もあるので使う際にはある程度の注意が必要なのだが、これ以上の形容が当てはまる言葉はないので敢えて使わさせて頂く。

そう、まさに天野花の『girlfriend』の事でこれは紛れもなく神曲である。*1

詳しいオフィシャルサイトはこちら。www.lavaflowrecords.co個人的には「神曲」という言葉は一時期48だかなんだかの秋葉原系統のアイドルグループが神7だ、総選挙だかで調子こいていたあの頃に多発していたアイドルオタク達、つまりケミカルウォッシュのジーンズに、青と茶色のクロスしたチェックシャツを羽織り、靴流通センターかナフコあたりにおいてあるGT-Hawkinsだかの茶色かグレーのスニーカーを履いて、長髪一歩手前の微妙な髪型を揺らし、小太り、メガネも当然のオプションとして、妙に声が籠り気味に低い声で「デュヒュヒュヒュwwwwwwww」「オウフュwwww」などと言って笑っていたあの許しがたき連中の意味における「ネ申曲(かみきょく)」では決してないことは注意しておきたい。の中には良い曲、人気曲とは別に「神曲」が存在して、ここで私のいう神曲とは、明け方、素人でさえ【世に現存するどの曲よりも遥かに美麗なるメロディを聴いている夢】を見る事があるが、作者者は夢から覚めても奇跡的にスケッチできた曲なのでは?と思うほど神降臨感半端ない曲ことである

ハイ、ここ試験に出しますよ、昨日のバス停前で「明日、オンライン授業中心だからユニバ行って授業受けるふりしようや。」とかアホな計画立ててたリア充のバ○丸出しの大学生たちよ耳かっぽじってメモをしとけ、落第ぐらいは防げるよ。

......いや、いや、そんなどうでも良いことはさておき、本当にこれは神が降臨してきたかような曲と言う趣旨のことを言いたいのであってね。

本曲は今年6月23日にリリースされたfull album「暁を泳いで」に収録されていてほんとこのアルバム、音楽好きな人が結構聴いてるから良いのはわかってたけど予想の50000000倍ぐらい良かった。

これは秋以降のシーズンにもぴったりな珠玉の名盤な趣きのアルバムである

残念ながら本曲『girlfriend』にはMVなるものが存在しないのだが、6:05ぐらいから本曲の一部が聴けるのでちょっと以下の動画で聴いてみて欲しい。


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girlfriend

girlfriend

  • 天野花
  • J-Pop
  • ¥204
  • provided courtesy of iTunes

しかしまぁこの曲のサビの破壊力はすごい。この歌詞の一部にフォーカスすると

このまま君に手錠をかけて

この部屋に閉じ込めてしまいたい

僕しかいない世界で君は気づくだろう

愛 痛い (『girlfriend』より)

この一見偏執狂的に聞こえる本フレーズを彩るメロディーだがこれが最高に美しく響くのだと言う事実に驚気を隠せない。まぁポップミュージックにおけるサビの宿命として、ワンコーラス、ツーコーラスとサビとは繰り返しリフレインされるのだけれど、繰り返されるほどにこの曲の熱は高まり最高に沸点に達するのだ。例えばこれがラブソングだとすると、二人の間でどんなに愛し合っても埋められない距離感が切ない、そんな思いが驚くほどソウルフルな祈りに満ちた形のように心に響くのだ。

そしてその「soulfulness」なニュアンスは更に後続する英詞の部分によって更にテンションを増して響いてくる。

I think of you as more than a friend. 

What I am to you.

 Forget it. 

You are the only one. (『girlfriend』より)

(翻訳)

私は君を友達以上のものだと思っている。

君にとっての私も同じ事だと思っている。

過去の事は忘れてくれ。

もう君しかいない。

それこそ上記で挙げた動画では上の英詞から聞くことが出来るのだがこのメロディに乗せるとyou(あなた)の部とforget it(その事は忘れて)の部分がここで歌われているエモーションの度合いは文字で見るよりもはるかに高く尊く響いてくることがわかる。

そして、何度かこの曲に触れていくうちに気づいたのだが、当初この歌詞は「会いた〜い」と伸ばして歌い上げて終わるものだという勘違いをしていたのだが、実際は「愛、痛い」と歌っている事がわかる。この一節からも主人公のなんともヒリヒリした魂の告白がそこに溢れている。

もうこの歌の登場人物、というか天野花自身なのかは知る由もないが、彼女にとっての愛情の対象は肉体を持った人間ではなく魂の根源から出た独白なのだろう。

正に人間本来の持つのリビドーすら超えた何かを感じるほどに狂おしくも切ない物凄い熱量を秘めた曲である。

....と、ここまで書いておいてとある事実に気づく。

それは例えば同じ女性SSWの括りでいけば偏執狂的に聞こえる本フレーズといえば、片平里菜における『異例の人』であったり、愛し合っても埋められない距離感を歌った曲といえばAnlyにおけるDistance』というまさに天使が降ってきた美メロ曲が浮かんでくるし、そんな思いが驚くほどソウルフルな祈りに満ちた形のように心に響くといえば安藤裕子における『聖者の行進』であったりヒリヒリした魂の告白であったり狂気には至る一歩寸前の切なる思いを歌った曲ならばハルカトミユキにおける『Vanilla』が彷彿とさせてしまうのだ。

要はこの『girlfriend』も紛れもなくこれらの私が神曲として感じてきた曲達とシンクロするに値する神曲なのだ。

これらを一気にここに出しておこう、以下女性シンガーにおけるネノメタ的神曲コレクションだ。

1-a. 片平里菜『異例の人』


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1-b. 片平里菜『異例の人』session ver.


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ぱっと聞きこの曲の登場人物となる異性である「あなた」に特別な想いを寄せる片想い、というよくある歌のようではあるが、空気感が濃密で、聴き進めていくにつれ情念の強さゆえかある種の狂気すら感じつつも普遍的な子守唄のような輝きをも放つこの矛盾に惹きつけられる。もうここにポップソングのもたらすマジックの全てがあると断定して良い。

最初のコーラスから間奏のアレンジからもはや終わらない子守唄のように耳にこびりついて離れない。まさに日本のMinnie Rippertonの『Lovin'n you』的なスタンダード名曲の誕生かもしれない。

2-a. Anly『Distance』


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2-b. Anly『Distance』Orchestra ver.


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本曲に関しては他の記事で多くを語り尽くしているので今回は違う視点で言うと、オリジナル版とオーケストラ版の顕著な違いはラスサビ前の【inside〜♪】の所である。
前者は繊細な2人の声だけのアレンジにいつも息を止めて耳を澄ますのだが、後者は壮大なオーケストラが羽となり浮遊する感覚がある。
つくづく絶望の淵にいる我々を空へと誘う「天使の曲」だと思う。

あとめっちゃ細かいんだけど
2-aのオリジナルver.3:48〜3:49に至る所で息が止まる。

2-bのオーケストラver.3:51〜3:52に至る所がフワッと空を飛ぶ感覚に見舞われる。

その後の転調も見事だし、いずれにせよこのメロディーが浮かんだ瞬間って作曲者はまさに天から降ってきた感覚だったのではなかろうか?

3.  安藤裕子『聖者の行進』


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*2

安藤裕子のライブは一度2013年辺りに、森ノ宮ピロティホールで観た事があるが、本曲が始まる前の神聖というか何か儀式が始まるような空気感は独特の緊張感と期待感に包まれるものだ。どこか歌詞の感じから親元を離れて、ようやく空高く飛び立つ時を迎える凛々しい鷹か鷲の姿がまずイメージされるんだけど、とにかく最初に聴いた時の印象は「メロディの力強さと妥協のなさ」に尽きる。どこまでの広がりゆく調べはまさに「守るべきは光だけ」という一途な思いに収束されるようなカタルシス。疲れ果てたある日の夕方電車の中で初めて聞いた瞬間神曲すぎてその疲れが吹っ飛ぶような気分に見舞われた。

4-a.  ハルカトミユキ『Vanilla』


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4-b.  ハルカトミユキ『Vanilla』live ver.


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この曲は彼女らの初期のライブでも本編最後に鳴らされる事が多かったが、先の安藤裕子の『聖者の行進』同様、イントロのアルペジオが流れるとフロアは静謐かつ神聖な空気に包まれる。

このメロディー、並の音楽家だとハッピーなラブソングにでもしてしまいそうなほどものすごく多幸感溢れるサビメロなのにここでの【狂えない 狂えない 狂ってしまえない】という狂気寸前の告白を載せてくるセンスには未だに何度聞いてもハッとするものがある。確かに我々はそんな戦場と化した日常を今生きている、そう思わせられる ...とまあかなり重苦しい曲だが最後の【許してしまいたい あの頃の僕たちを】というフレーズにどこか救われる様な感覚にもなったりもする本当に不思議な曲である。

正に絶望と希望との狭間のギリギリの光景。これを神曲と言わずして何と言おう。

 

Ⅱ. 10/9ミナホ 2021 Day 2@hillsパン工場

時間軸は前後するが、なぜ私が天野花の音楽に出会ったかというと10月9日に開催されたミナミホイール2021の二日目で、ちょうど前記事にも登場した【はるかりまあこ】のメンバーであるAmamiyaMaakoさんがhillsパン工場と言うライブハウスでパフォーマンスするってのもあった。*3

そこで一日中行こうっと思って目掛けて行ったのだが、ちょうどAmamiyaさんのパフォーマンスの二つ前ぐらいに彼女もタイムテーブルに配置されていたからと言うのが主な理由なのだ。あと関東のSNSフォロワーの方々も時折口にする名前だったしってのもあるし、ぐらいの割と軽い気持ちで初・天野花のステージングを待っていたのだった。

だからこそその軽く持っていた期待を軽く超えてきたからこそこれはキタ!と心にドカンとハマったものだ。

とにかくこの日第一曲目としてパフォームされた『群青』(ぐんじょう)のまさに光に放たれたようなパアッッッッッと開けたポップソングが放たれた瞬間もうこれは間違いない、と確信したからだ


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「こんな小柄の体のどこにこんなパワフルな歌声が...」というフレーズはよく女性でも男性でも良いのだが、小柄なボーカリストにほんとによく形容される表現だが、この方もその例外ではなかった。

いや、もうそんなことどうでもいいのだ。

そう思えるくらいに直向きなパフォーマンスが心を撃った。

まるで天使が全身で矢を放つかのように、失礼ながらも小柄だからこそ普通より大きく見えるアコースティックギターを構えたパフォーマンス。

そこから放たれる次々に瑞々しい言葉と音像とのコラボレーションの瑞々しさよ。

ああ、これこそが音楽なのだ、もうそこで鳴らされる『群青』をはじめとする曲達はまるで生きとし生けるものように縦横無尽にHillsパン工場を想いのままに駆け巡って行ったよ。

個人的にはこのパフォーマンスでは『サプライズ』のどこか民族的なアレンジがツボだったし、ギター一本で鳴らされるにも関わらず鳴っていないはずの様々な音が聞こえてきた気がするのだ。これが本当今考えても不思議でしょうがない。いや、これは別にオカルトな意味ではなく(笑)曲全体の織りなすグルーヴ的な意味で何かマジックがあるのだろう。この辺りはいずれバンドアレンジのライブ等で確かめたい、と思う。

時間は変わるが、この日から約一週間後ぐらいの10月15日の「プレゼント」@代官山NOMADOでの有観客・無観客混合配信ライブにて天野花さんは最後感極まってボロボロに泣きながらのmcからの光を放つかのような「スターライト」が本当に素晴らしかったのだ。

彼女の曲は『群青』然りポップスファンの心臓ど真ん中を撃ち抜く力とセンスを秘めている。

ミナホの時ニューアルバムは購入したがあと2枚ぐらい他にepっぽいのがあったけどあれ買うべきだったわと後悔したものだった。*4

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Ⅲ.分かり合えないからこそ美しい

また『girlfriend』に話を戻そう。本曲には先ほど述べたサビと英詞以外でもうひとつ印象的なフレイズがある。

どんなにふたりで居ても

心だけが掴めない

こんなに近くに居ても 

ひとつ席の空いたままの僕ら(『girlfriend』より)

本曲はこのフレーズで幕を開け、そして幕を閉じるのだが、真っ先に浮かんだのはわずか90年台にわずか三年ほどの活動期間で3枚のオリジナル・アルバムをリリースして、解散を表明した最後の年1996年の3月の横浜アリーナでの単独公演では即日ソールドアウトになるぐらいまでにある意味大きな足跡を残した、90年代の「サマー・オブ・ラブ」とでも称されるべき、車谷浩司(ex. AIR, 現Laika Came Back)と石田ショーキチ(ex.Scudelia ElectroMotorworks)による二人組ユニットSpiral Lifeスパイラル・ライフ)による『Cheeky』の一節である。


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オーダーメイドの僕の言葉は

いつも伝わらない

言葉数少ない

僕はもうあきらめながら   スパイラルライフ『CHEEKY』より)

この曲に関しては以下のspiral楽曲について述べた以下の素晴らしいブログ記事が示唆的なので一部引用すると......

furtheralong.net

"この曲について 「CHEEKY」の悲しみはようやく「本当の世界」に目覚めた「僕」が、初めて“君”(=他人)を好きになった。しかし、人には他人を完全に理解すること、分かりあうことは所詮不可能である。 人は誰ひとりとして同じ人間ではないからだ。私たちは「オーダーメイド」の言葉しか持てない存在である。誰にでも伝わる言葉などない。 この、自分が他人が「分かりあえないこと、それを悲しく思うこと」 がこの曲、ひいてはスパイラルの魅力である。分かりあえないことは悲しくて、そして悲しいからこそ美しい

【分かりあえないことは悲しくて、悲しいからこそ美しい。】

なんと美しいフレーズではないか!!!!いやもう分かり合えない事以前にこの言葉自体を美しいと思う。世の中にはポジティブな歌が溢れていてあまりにポジティブなメッセージすぎてそれが逆に自分にとって苦痛なものでないと思うことがある。たとえ絶望を歌った歌であっても、やるせない悲しみを歌った歌であってもやはり何か光が溢れていたらそこにはポジティビティを感じるものである。

 話はやや飛躍するが、最近めちゃくちゃ思うんだけど、エンタメ系、中でも音楽系のジャーナリズムが悉く死んでしまった気がする。例えば先のspiral lifeらが活躍していた90年代のロッキンオン(ジャパン)辺りなどはかつて大合算レビューだ、40000字インタビューやらでアーティストの作品なりパーソナリティなりにカリスマ性を植え付ける為の先駆的な役割を果たしてある種のムーブメントを起こしていたと思うのだが、この所あの手の雑誌類には全く勢いどころか小学生の絵日記みたいなおべっかヘタレたレビューしか見なくなってしまった。

それに加えてミュージシャンサイドも自らのパフォーマンスや作品に対して批評されるシステムがもはやSNSしか無くなっている有様。そこで地獄なのが批判的な意見などツイートしようものならエゴサーチして吊し上げるミュージシャンも散見し、更にその取り巻きファンまでもが魔女裁判さながらにその批判者への糾弾に加担し、抹消した末にその当該アーティストを生誕祭やらなんやらどうでもいいイベントでおべっかでデコりまくって祭り上げ神格化しようとするガラパゴス化をさらに加速させるような地獄絵図が繰り広げられるのも事実。

もうそんな感じで折角の作品に対する正々堂々と立ちはだかったであろう批評的見解が次々に黙殺されている光景を何度も見ている。

更にそんな地獄絵図とは別に、割と規模の大きめなオンラインに特化したネットブログサイトを二、三個個人的に知ってるがその大半には批評的センスも欠片もなく拳を握りしめて「みんな、"Jフェス"の未来を徒党を組んで信じようぜ!」とか本気とも自惚れともつかぬ学級委員長的なスタンスを腑抜けばかりで興醒め感が半端ないのもまた事実。

そして、そんな奴らが「ロックフェスの未来」などと牛耳っているんだからタチが悪いのであって、元来そんな学級委員だのスタンスとは相反する、むしろ反体制を主体となす「ロック・ミュージック」だったんだから人の心を惹きつけてやまなかったんじゃないのだろうかと思ったりする。

それはロックでもポップスでもラップでもEDMでもなんでも良いんだけど、少し危険で、犯罪めいたヌラヌラ感があって、狂気性もあって、まるでドラッグのような常習性もあるような、バッドテイストがなければ面白くないってのもある。だから、昨今のその手の奴らの支持する最近流行りの音楽にはそういう危険性のある匂いは一切排除されていて、純粋まっすぐ君みたいな連中ばっかりである。もっと言えばどいつもこいつもそういうロックアティテュードのかけらが一切なくて、もっと簡単にいえば昨今の音楽業界の提示する良い音楽・素晴らしい楽曲というのが限りなくイタくてさむくてダサいのだ。かといってそれがそんなに圧倒的にウケがいいわけではなくて若者のほとんどがジジイと親との親子3代にわたってスピッツかサザンばっかり聴いてるようだし、あとロックを名乗っておいて事もあろうに合唱曲として教科書に載ったりするヒット曲もあるらしいし、ほんと気持ち悪いよね。それとさ...最近流行りのAd...*5おおっと、、、、、どさくさに紛れて日頃思ってることを中心に毒吐いてしまったので、限りなく本記事のテーマから飛躍しまくってる気がしてきたので、ここまでに止めといて、と...正にここで言いたいことは「分かり合えない事を無理やり"分かり合えてる"様に都合よくテメエのフィールドに持ってこようとするな」という事である。

だってこれは身もふたもない言い方になるが、先ほど神曲としてあげた片平里菜『異例の人』Anly『Distance』、安藤裕子『聖者の行進』、ハルカトミユキ『Vanilla』どれもが私がここで声高に叫ぶほど世間的に知られてる曲じゃないじゃなくて、それどころかこれだけライブでも音源でも素晴らしい曲なのに「知ってる人は知ってて熱狂的なファンもいるもののマイナーな人たちのマイナーな曲」として片付けられてしまうのは不本意、というかあり得ないし、これはハッキリ言ってこうなってしまったのは日本の音楽ジャーナリズムの怠惰だと思う。そう考えるとやはり原因の発端に「音楽系ジャーナリズムの死」と言う観点からすると完全に符合してくるではないか。

しかし2021年に、かつてのこれらの神曲達に匹敵する神曲に天野花『girlfriend』が出会ってしまった以上、私はこの曲について、そして天野花と言うアーティストについてガンガン語っていきたいと考えている。*6

もうジャーナリズムなど信用せん、自分で良い音楽を見つけて探究するのだ。

そういえばイタリアの前衛的芸術家パブロ・ピカソがこう言ってたな。

『大切なのは熱狂的状況を生み出すことだ』、と。

そう、これこそが、天野花『girlfriend』が日本のポップミュージック心臓部を撃ち抜く神曲として語られるべき理由そのものである。

と、今回はサラッとした記事書こうと思ったがこうして、またまた8739字にも及んでしまった本記事を締めくくろうと思います(笑)。 


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*1:詳しい情報等はこちらを引用させて頂く。

ja.wikipedia.org

*2:安藤裕子の曲だと『青い空』辺りも『girlfriend』辺りと近いのかもしれない。


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*3:本人も読まれたと言ってたAmamiyaMaakoさんに関する記事はこちら。

nenometal.hatenablog.com

*4:で、このあと無事にその2枚のCD通販にて購入しました。

*5:ついでに注で触れるが、某ネットブログアカウントロッキンなんちゃらが毎回Twitterアンケート取ってる「あなたのオススメの新人バンドは何ですか?」とかリプライアンケートばっかやってる坊主アカウントみたいなのやってるけどあれハッキリ言って意味あるのだろうか??奴らが記事で取り上げてるミュージシャン売れ線ばっかでガラパゴスすぎて全然参考にしてないんですけど...笑

*6:天野花と同じく東京を中心に活動しているSSWとしてエナさんという素晴らしいアーティストもいる。彼女についても過去記事で触れてるのでどうぞご参照に。nenometal.hatenablog.com