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「夢」が「リアリティ」へと変わった瞬間~ #優利香 ABCホールワンマンライブからエンタメの輝く未来を考察する

「夢」が「リアリティ」へと変わった瞬間

~優利香 ABCホールライブからエンタメの輝く未来を考察する

Ⅰ. ABCホールライブレポート

Ⅱ.The Road to Dream

scene1「優利香&やましたりなツーマン」路上ライブ

scene2『優利香Presents ABCホールまでの盛り上げ企画!1』

scene4『大阪駅ルクア前路上ライブ』

Ⅱ.優利香 名曲コレクション

1.『感情渋滞高速道路』

2.『ノスタルジーラムネ』

3.『withallmyheart』,『開花』

4.『ハートレス人間』

5.『世界はロック』

Ⅲ.世界は優利香〜未来のJ-ポップシーンへの展望〜

Ⅰ. ABCホールライブレポート

2022年11月14日月曜日、満員の大阪のABCホールにて19:04ぐらいバンドメンバーがSEと共に颯爽と登場し、 最後に黄色い衣装を着た彼女が現れ『感情渋滞高速道路』のイントロが鳴り響いた瞬間、何かが崩壊し、 そして何かが新たな始まりを告げるのを感じた。

2022年11月14日月曜日

優利香ABCホールワンマン〜眩しくて強い未来へ〜

19:00〜

セットリスト

1.感情渋滞高速道路
2.世界はロック

3.withallmyheart

4.食べたいモノはない

5.明日やろうはバカヤロウ

6.ノスタルジーラムネ

7.開花

8.ユメビカリ

9.君に借りたパーカー

10.圧力鍋

11.僕らはきっと普通じゃない

12.神様の悪戯

13.青いクジラ

14.ハートレス人間

15.いってきます!いってらっしゃい!(with あいかビンギラ)

16.Eureka

17.眩しい朝日

18. 輝く未来へ

en1

19.やりたい事

20.ブバルディア

en2

21.三角マーク

まさに以下の当日の私のツイートがそのボルテージの高さを証明している。


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私は心の中でこうつぶやいた。「コロナ禍以降に誰もが感じた世紀末的な絶望感と閉塞感を打ち破るべく、希望の光を希求するべく立ち上がった”ライブ”の復活だ!!!!」 そんな私のセンチメンタルとエモーションとEnthusiasmの入り混じった感情などお構いなしに今度は立て続けに次の曲『世界はロック』が解き放たれる。 本曲はストレートかつポジティブなのにこれほど心臓部ど真ん中に突き刺さるようなポップミュージックがあるのか、 目から鱗のイノセントな感動を伝えてくれる個人的に超絶大名曲だがこの日は一段魔法がかって聴こえたものだ。 そう、彼女はとうとうここ3ヶ月にわたる夢を叶えたのだ。*1

ロック・ポップス系統のシンガーソングライターなら誰しも夢想するであろう【満員のABC

ホールにてワンマンLIVEを開催する】と言う夢を... 。

そしてそんなメモリアルなこの日のライブはどうだったのか感想を一言で言うと、もう当たり前のような言い方だが、もうひたすら「楽しい」ライブだった。 何より路上やハコで共にしてきた戦友のような曲達を祝福するように満面の笑みで歌う姿に何度も感動したし、もはや彼女の笑顔が、歌う姿が、もはや彼女の存在自体が最強のセットリストだった。

それはオーディエンスのみならずステージ上にいる優利香氏も、優利香バンドのメンバーも、 誰もかれも全くこのある意味大舞台に臨まねば、という気負いであるとか、特別な日にするべく変にセンチメンタルを煽ったりする事もなく普段通りのライブを全力でぶつけると言った感じ。 これは恐らくこのライブがある意味の「区切れ」「終着点」「最終目標」を意味するものであったらそういうニュアンスのステージになるのだろうが、 むしろ「Starting Over」と言う表現がある通り「ここからが始まり」という意味合いが込められているのだろう。

本編ラスト曲は『眩しい朝日』にせず『輝く未来へ』にしたのもそんな姿勢の表れだったのかもしれない。 ホントにMCも普段通りの「タイトル噛んじゃいました💦」などなどのYouTube配信さながらの感じで(本当は緊張してるのかもしれないが)どこかリラックスしてるようにすら見えた。 具体的なライブ本編の最高潮は『ハートレス人間』辺りからそれまでの盛り上がりを更に助長するような物凄い盛り上がりが起こったと思う。 或いは世界が滅びようがどうにでもなれ的なヤケクソ感にも似た覚醒感があった。 あれを人は「ライブマジック」と呼ぶのかもしれない。 繰り返しになるが、2022年11月14日19:04、我々は「夢」が「現実」へと変わった瞬間の中にいた。正にネブワース1996のノエル・ギャラガーではないが「This is history!!!」である。

これはそんな1人のSSWの「満員のホールでワンマンLIVEをしたい」という夢が叶った歴史的瞬間であると同時に全てのインディーズを中心とした音楽ファンの夢でもあり、 音楽業界全体の理想の夢でもあるのだろう。

 恐らく優利香は今、関西圏にとどまらず、日本の音楽シーン全般を通して見ても最も上昇気流に乗ったシンガーソングライターであると位置付け、本記事では彼女に初めて出会った6ヶ月前からこのABCライブに至るまでの過程とその展望をも大いに語っていきたい。

 

Ⅱ.The Road to Dream

さて、少し時間軸を6ヶ月ほど前の初夏に戻そうか。*2私がこの優利香と言うシンガーソングライターに初めて出会ったのは5月末の北堀江vijonというLIVEハウスでの対バンイベントだった。その時私個人としては対バンしていたはるかりまあこなどでもお馴染みのトラックメイカーであるAmamiyaMaakoがメインで優利香に関しては今まで名前を聞いた程度だったので当初予測がつかなかったのだが初めて観た時の印象がガチなバンド編成で衣装もガッチリとショーナイズドされていて、偶然にも「まるでワンマンライブみたいだな。」と思ったものだ。*3しかもライブハウスではなくホール級のガチさを他の演者以上に感じたりもしたのをはっきりと覚えている。まさかこれが現実になるとは当然予測もしなかった訳だけど、今思えば、オープニングの感じやバンドスタイルだとかワンマンのような演出があってとても良かった。そこで最も印象的だったのはラストで歌われた『やりたい事』という曲。ここで演奏されたコロナ禍で書き上げたという『やりたい事』はこれほどLIVEハウスで歌う事だとかそこで受け取るオーディエンスの喜びまでも純粋に歌い切った曲である。

ステージからの景色も音もこの耳で

この目でこれから見たいんだよ

というフレーズの殺傷力。本曲はコロナ禍当時から甲子園駅9月11日にパントタビスルという甲子園駅前で開催されたイベントでも披露されたが本曲のこのフレーズが殊更に心に響いた。
本フレーズがはコロナ禍当時から、来るべき11月14日のABCホールへとポジティブな意味合いへと変化した形で我々に伝わってきたからである。そして本曲はこれまでの「願い」というフェイズから
11月14日のABCホールでは「確信を込めた強いポジティブなメッセージへ」と変貌を遂げ我々にビシビシと伝わってきたものだ。


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それから3ヶ月ほど時を経て再度観たのは「MUSICBUSKER」というFM802が主催しているストリートライブのイベントである。普段TVを観なくても関西に住んでれば誰もが耳にした事のあるだろう【関西人の朝のアンセム】である『眩しい朝日』が一曲目に放たれた途端、駅周辺を歩いていた人が一気に熱い視線がこのステージに注がれるのを感じた。

その時のライブで驚いたことがあった。

初めて彼女を観た後の物販において、少し彼女も出演した事のある名古屋Sunset blueというライブハウスに観に行く事がある、という話をしたのだが、それをはっきり覚えて、「ネノメタルさんは名古屋の人というイメージがありますけど。」と言ったのだ。正確には完全に間違っているのだが、その記憶力が神レベルで凄すぎてさすがエンターテイナーだなと感心した次第である。


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そしてそんな彼女のストリートライブを次に機会に観ることはそんなに時間は立たなくて数週間後のグランフロント大阪での少し場所が変わってのストリート。40分ほどのライブでiPhoneが3度ほど高熱でバテほどの酷暑でのパワフルなパフォーマンスだった。本当歌う喜びを思いっきり噛み締めて直向きに演奏する感じがとても印象的だったのだが、*4その日に例の重大発表が放たれた。

それが「11月14日ABCホールでのワンマン」だとの事だ。こちらがその瞬間を捉えた動画ツイートである。


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以下、これまで私が参加した優利香の路上を含めたライブ・イベントなどをツイートで巡っていきたい。

scene1「優利香&やましたりなツーマン」路上ライブ

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scene2『優利香Presents ABCホールまでの盛り上げ企画!1』

scene3大阪駅ルクア前路上ライブ』


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ABCホール での11/14のワンマンライブもちょうどあと一ヶ月を切った日曜日の夕方のこと。大阪駅ヨドバシ梅田渡った所にあるルクア前の例の所にてジャストすぎるタイミングで 優利香の路上LIVEに遭遇した。個人的には彼女が演奏するのを見るのはこの日がラストになったが「ABCホールワンマン」発表前後ぐらいから路上ライブを観てるけど立ち止まって聴く人がかなり増えたのにも少なからず驚いたものだ。「ホールを埋めたらどんな景色があるのだろう。」そんな夢を語りながら歌い始める彼女のその姿に誰もが心を打たれ、真剣に聴いているのがビシビシ伝わってくる。MC時に「チケットがまだまだソールドに届かない。」と言っているもののどこかしら余裕が感じられたような気がした。

そして、とうとうそんな夢が現実へと変わった。

3ヶ月間掲げてきたこの目標が達成されたのはライブ当日ギリギリ1週間前くらいだったと記憶している。確かにここまでの道のりは順風満帆ではなかったのはストリートの場所によってはリアクションが少なく不安だった事も後のトークイベントに吐露してるし、時間帯によって通行の影響などにより場所を変えざるを得なかったりしたし、あと重大発表した時だったともうがストリートライブの物販時、ボロボロのルーズリーフにサインくれとねだってたある中高年の男がいたが私が同じような立場ならブチ切れまくって「てめえ舐めてんのか、このじじい失礼にも程があるだろwwwくたばれ」ぐらい腹の中で思って下手したらついまんま口走ってしまうかもしれないが「普通はお断りしてるんですけど、今日だけは特別に書かせて頂きます。」と嫌な顔ひとつせず対応してたことも私はしっかりと目に焼き付けている。感情を抑えることも重要な要素だ。まあ努力すればが全て実る世の中ではないが、何事においてもチャレンジしなければ成果は成し遂げられないのだ、そんなシンプルだけど大事な事を強く思った。

Ⅱ.優利香 名曲コレクション

さて、私が優利香というSSWがABC朝日ホールワンマンを埋めるべく応援してきた理由は「応援せねば」というボランティア精神からではないことに注意したい。そもそもSSWでもバンドでもインディーズ映画でも演劇でも第三者に「熱心に応援してますね」と言われる事があるが私の中では「応援している」という気持ちは全くない。
単に「自分が良いと思ったもの」に対して狂ってるだけ。entertainmentに必要なのは媚び売ったコメントじゃなく個々のenthusiasmだと思うからだ。そうではなくて単純にそうなるべき楽曲の良さが十分に備わってるから。曲が素晴らしいからである。『世界はロック』も『やりたい事』も『感情渋滞高速道路』も路上でもカバー曲よりこっちを演奏した方が十分人が聴きに来るのではと思ったほどである。本章では6曲ほど個人的に気に入った優利香の珠玉の名曲を論じていきたいと思っている。

1.『感情渋滞高速道路』

二度目のストリートライブ時だかにご本人にも伝えたことがあるが、当初彼女の楽曲中で最もピンときた曲は本曲だった。
モノラルからステレオへと徐々にクリアになっていくイントロが象徴しているように本曲で描かれているのはSNS社会に対する懐疑とそれを撃ち抜く音楽のもたらす希望の光だと思う。
【destruction】という語の響きが心地良い。


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ABCホールでもファーストチューンに選ばれ、バンド演奏により本曲本来が持つロックダイナミズムが更に加速された。それにしても優利香曲で他にも後述する『ハートレス人間』などでも顕著な現象なのだが

匿名お化け
イイねが欲しくて草ワロタ
今日も誰かが誰かを叩いてもうほんとに勘弁してくれ

などここ最近のSNS社会がもたらす闇の部分に関してピリッとシニカルな視点も含みつつも、

誰かがいらないと言った音楽は必要なの

というポジティブなフレーズがポーンと放たれる事で彼女のポップセンスを魅力あるものにしている。それは例えば次に述べる『ノスタルジーラムネ』という郷愁溢れるリリカルな曲に関しても同様のことが言える。

2.『ノスタルジーラムネ』

優利香楽曲で個人的に好きな点はポジティヴィティのみならず「内省的な心情」も絶妙な塩梅で配合されている所にある。
ここで取り上げている『ノスタルジーラムネ』にしても単なる郷愁に留まらず郷愁と現実とを結ぶような以下の一節がポーンと投げかけられる。もう特にこのくだりには共感しかございません。ラムネ、ビー玉、田園風景、風鈴、僕達だけのルール...ど直球までに子供の頃にしか味わえない夏の終わりの歌だ。

今の時期に聴くと一層染み入るものがある。
どこか岩井俊二監督の伝説の映画『打ち上げ花火、下から見るか、横から見るか』の内容を思い出したりして。

*6


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いつもの空き地でした
ドッジボール覚えてる
僕は最後まで苦手だった
上手くキャッチできない
そのボールが今では
人の言葉に変わっている
上手くかわせもしない
投げ返せもできないままさ

そう、優利香楽曲で個人的に好きな点はポジティヴィティのみならず「内省的な心情」も絶妙な塩梅で配合されている所である。
取り上げた『ノスタルジーラムネ』にしても単なるノスタルジーに留まらず郷愁とリアリティとを結びつけるような一節がポーンと投げかけられる。
もう特にこのくだりには共感しかない。
この『ノスタルジーラムネ』で歌われる光景は「二度と帰ってこないあの夏」である。これは今でこそ思う後付けかもしれないが、今年灼熱の暑さの中ABCホールワンマンを発表して駆け抜けたこの2022年の夏への郷愁的な思いへとさながらトレースバックして聴いてしまうのだ。
当然のことながらABCホールで本曲のイントロが流れた途端感動の鳥肌が立って仕方なかった。

 

3.『withallmyheart』『開花』

この『withallmyheart』の中にこういう一節がある事に注意したい。

過去の栄光なんて今があってこそでしょ?

この言葉はあの「ジャズの帝王」ことマイルス・デイヴィスが全く同じような事を言っていたのを思い出す。

ja.wikipedia.org

A legend is an old man with a cane known for what he used to be. I'm still active until I die.

 

伝説とは杖にしがみついてるジジイどもの事さ。

俺は死ぬまで現役を続けるよ。

自らが伝説としてカテゴライズされるのを最も嫌ってあくまで革新性を追求するジャズの帝王らしい言葉である。優利香がこの言葉にインスパイアして本曲を構成したか、あるいは無意識なのかはまあ別としてこういう「マイルス的なもの」をポップスとして昇華できた曲はこの曲だけだと思う。ちなみに本曲は『優利香Presents ABCホールまでの盛り上げ企画!vol.1』で演奏されたのを初めて聴いたが物凄くライブ映えする曲である。ライブ当時のツイートでも語っているがとにかく魅せ方やグルーヴ感がヤバくて目から汗が流れたほどだ。

これがバンド演奏のダイナミズムが加味されると一体どうなるのかに関しては言わずもがなである。


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あと同日2曲目に放たれた『開花』。もちろんLIVEでは初聞きだったけどこれがまた素晴らしかった。ずぶ濡れでも泥まみれでも飽くなき夢へとひたすらに突き進もうと決意するこの歌詞世界は、正に2ヶ月後のホールワンマン成功を目指す彼女の姿そのものだった。

これも大袈裟でなく感動の鳥肌立たせて震えて聴いたものだ。


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4.『ハートレス人間』

自分の本当の気持ちとは裏腹に愛想笑いを浮かべてしまう、私はそんな空虚な「ハートレス人間」、そして私に立ちはだかる得体の知れぬ「怪物」の正体とは? 」

勝手に本曲を私なりにまとめてしまったが、そんな内省的な心情をこのポップスフィールドで綴ったこれまた珠玉の名曲である。後の「ABCホールアフタートーク」を聴きつつふと思い出したけど『ハートレス人間』辺りからそれまでの盛り上がりを更に助長するような物凄い盛り上がりが起こったのは驚きだった。或いは世界が滅びようがどうにでもなれ的なヤケクソ感にも似た覚醒感。正に「ライブマジック」と呼びこんだ曲だ。優利香楽曲の中でも、いやJpopのフィールドでも内省的な部門に入る本曲がなぜここまで起爆剤となったのは、ややトートロジカルな言い方になるがこの歌詞が「内省的」だからだろう。
誰もがこのコロナ禍において内なる【怪物】を意に反して育んでいたのを認知しているのだ。そしてその存在の正体も無意識に知っているからだ。そう「鏡の中の自分」。
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 正にこの曲に対するある種の共感と感情移入の表れからライブマジクを呼び込んだ曲であると断言して良い。


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そして本曲は、今回のABCライブがコロナ禍以降のライブ自体の光景へと流れを変えるきっかけになったとすれば本曲の貢献は計り知れないものとなるだろう。

 

5.『世界はロック』

本曲は何度も言っているが、非の打ち所の無い完璧なポップミュージックだと思う。メロディ、歌詞ともにストレートかつポジティブなのにこれほど心臓部ど真ん中に突き刺さるようなポップミュージックがあるのか、目から鱗のイノセントな感動を伝えてくれる超絶大名曲である。ワンコーラスサビでブチまけられたネガティブな感情はツーコーラスサビで全てが力強く払拭されポジティヴィティに導かれる瞬間に何度聞いても感動してしまう。


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ここまで私が感動する所在は何なのか。本曲に関してはタイトルにあるように「ロック」を定義することで詳細に述べていきたい。Weblio英和辞書によると本曲の意義に適合すると以下のよう3つの意義に分類される。*8

ロックの定義

①(lock)

(かぎ で開閉する)錠、錠前、輪止め、銃の発射装置

(交通などの)身動きもできない状態、

②rock(1))

岩,岩石; 岩盤,岩床,岩壁 

③(rock(2)
ロック音楽=rock 'n' roll.

この定義を本曲のワンコーラス目のサビに当てはめていく事にする。

恋の定義はロックと同じ 唱られやしない

君への思いはロックみたいに 感情に支配されている

この場合支配され、唱えられないがんじがらめの「ロック」という意味で上の定義上①のlockになる。

次は2コーラス目のロックを見ていこう。

僕の夢はロックと同じ ヤワなもんじゃない叶えたい思いがロックするんだ 前しか見えないくらいに

ここでは「ヤワなもんじゃなくロックする」という意味では正に岩の意味でのロック。スペルもLからRへと変わり、定義上②となるのだ。そしてクライマックスである。

僕の歌よロックみたいに 世界へ轟け...(略)...

つまり世界はロックンロール 毎日がロックンロール

歌おうぜ笑おうぜ 共に叶えようぜ

そして最後の「ロック」は正に我々音楽好きが最も馴染んでいるロックでありロックンロールとしてのRockであり定義上③であると同時に『世界はロック』というタイトルにおけるRockそのものであると断言できよう。このように一曲の中でも様々に感情の変化がタイトルの解釈にもあるようにネガティブに解釈されがちな「lock」から岩の如く強固な「rock」、そして「rockn'roll」におけるロックンロールへと導かれる様は正にポップミュージックの原点であり理想郷がそこにあるものと結論づけられよう。

 

Ⅲ.世界は優利香〜未来のJ-ポップシーンへの展望〜

第1章ではABCホールのライブについて語ったが、このライブの5日後、11月19日の19:00からcafe&bar LGTと言うところで「ABCワンマンライブアフターパーティー」なるものが昼と夜の二部にわたって開催された。私は夜の部のみの参加だったが「自分の夢を一つ達成した人とはこれほどまで晴れやかで自信に満ちた表情をしてるのか。」熱狂のABCワンマンをしっかりと観てるだけに彼女が出てきた瞬間真っ先にそれを思ったものだ。にしても彼女の一言一句から人柄の良さが滲み出るのはあのホールでも小さなバーでも変わらないが、正にこのライブには紛れもなくmusic historyに刻まれるべき何かがあったと思うから。*9

私がここまでこの優利香というSSWに楽曲の良さ以外で惹かれる理由はなんだろうかと考えた時にやはり所謂レコード会社に所属していないインディーズアーティストでありつつも「ライブハウスという狭い領域にとどまらずメインストリームへ行こう」と宣言して実行しようとするそのアティテュードに他ならない。てかここ最近、とりわけコロナ禍以降こういう上昇志向のマニフェストを掲げるアーティストってメジャー・マイナー問わず少ないように思えるのだ。それどころか、近年目立つのが規模縮小をコアにしたファンクラブ・メンバーシップを立ち上げコアなファンを中心に楽曲提供やイベントの開催などが非常に多い。そういう傾向を反映してメジャーレコード会社に所属しているアーティストでも独立したりするケースが目立つようになってきている。

 いや、確かにこういったアクションは音楽活動としての地盤を固める上で必要で堅実なやり方だと思う反面、ファンダムコミュニティの広がりという意味ではほぼ絶望的なのではないかと思うし、何よりも内へ内へと向かってもはや外の世界へと音楽を放つ事をしないアーティストのアティテュードに何の魅力も感じないのは私だけだろうか?その意味で優利香の今回のアクションはintrospective(内向的)志向にあるこの音楽シーンにおいて極めて貴重な存在である。そういうアティテュードは、先に検証した彼女の全ての楽曲群に共通するexternal (外向的)志向性がどこか大衆の心ど真ん中を射抜くポップネスという要素に反映されているのではないかと思うのだ。
そしてこの優利香のABCホールワンマン以降、数多くの若手SSWが影響力受けてそこを目指すようになるかもしれない。
というわけで私は正に【優利香以降】と呼称されるSSWシーンの到来を望んでいるのだ。そうなればもっと音楽界隈は活性化する。観客はデカいハコでゆったり聴きたいと思っていてライブハウスにはそれほど拘りはないのだ。コロナ禍を経て多くの音楽家が規模縮小を余儀なくされている状況で大きな目標を設定し成し遂げた優利香氏のソールドアウトは快挙だ。*10この勇気こそがアティテュード。ライブハウスという閉じられた空間からメインストリームへ。本当に私は音楽を、とりわけポップスというジャンルの音楽を聴いてきて彼女のようなアーティストを希求していたのかもしれない。

 ちなみに自分の支持媒体では未だ経験ないがミュージシャンが大ブレイクすると何があるかってこれをがその人の個性が遠のいてしまって一大プロジェクトと化すようだ。

そしてこれまで中核を成してきたコアなファンダム構造も一気に霞んで崩壊すると。それはある種残酷な光景だがそれをどこかで望んでる自分もいる。最近「Big successを望んでません。今後は細々とコアなファンダムコミュニティに依存して音楽やっていく方針です」みたいなミュージシャン増えたがそりゃリスナーに失礼だろと思ったりする。こちとらQOLを上げるためにエンタメを享受しているのだ。どデカいムーブメント起こして共に成長せねば意味がないとすら思う。しかしもう一つぶちまけて言うとどの音楽誌みても媚びへつらったようなレビューばっかな状況である。もはやオーディエンス一人一人がオピニオンリーダーとしての自覚を持たなきゃ音楽業界は完全に死んでしまうんじゃなかろうか。もっと傲慢かまそうか?たまに音楽界隈で「〇〇のファンを名乗るのもおこがましいですが...」とかいう謙虚な人いるが私は逆だな、もう真逆です。
ここまできたら暴論かまして言うと「ネノメタルさんに見つかった全てのアーティストたちは運がいい。」ぐらいに思ってる。粒は小さくても一人一人がもはやメディアだと思う。本論から外れてしまったが私は本当に音楽を守りたいし、ガンガン語っていきたいと思ってるのだ。

最後に伝説のバンド、あのビートルズのメンバーであるJohn Lennonの言葉で今回のABCワンマンを大成功で終えた優利香氏に、そしてバンドメンバーに、 そしてこの日のために尽力したスタッフの方々にピッタリな言葉がある。最後にジョンの言葉を送りたい。

A dream you dream alone is only a dream.

A dream you dream together is reality.

 

一人で見る夢は単なる夢だが、

皆で見る夢はそれが現実となる

John Lennon(1949-1980) 

そう、先のABCライブアフターイベントの時に優利香はこう言っていた。「今後はまだまだ大きい所、zeppツアーだとか、大阪城ホールフェスティバルホールなどで演奏したいんです。」と。このまま行け!!
行く末は
サンケイホールブリーゼだ!
Zeppワンマンツアーだ!
フェスティバルホールだ!
大阪城ホールだ!
もうこうなったら世界へ行ってしまえ!

『世界はロック』

「世界は優利香」だ!

まだまだ旅は始まったばかりである。そんな万感の想いを込めてまたもや一万字超えの13370字にも及んでしまった本記事を締めくくりたい。


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*1:昨日の優利香ワンマンの他方向からの視点ではベーシスト坂東茜氏(ばんちゃん)の佇まいがひたすら良かった。 どこかマイペースかつ淡々と飄々としてるようで時折めちゃくちゃエモーショナルに吹っ切れるようなあのベースプレイは只者ではない。 他のライブでもお目にかけると思うので今後とも注目しよう

*2:優利香のオフィシャルホームページ。

artist.aremond.net

*3:AmamiyaMaako(はるかりまあこ)の音楽について論じた過去記事はこちら。

nenometal.hatenablog.com

*4:これがその証拠、この現象が当日30分ほどのライブ中3回ほど起きるw

*5:

*6:岩井俊二監督 映画『打ち上げ花火、下から見るか、横から見るか』予告編


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*7:自己の中の他者からの独白。 私の中の他人の声。 ふと演劇集団キャラメルボックス『嵐になるまで待って』を思い出す

*8:こちらの英和辞書サイトを参照した。

ejje.weblio.jp

*9:バーカウンターの一番端から観たんだが、LIVE史上最短距離の演者真横だったんだけど優利香氏の横顔がめっちゃ綺麗だった。もう彫刻レベルでしたという私得情報 w

*10:しかし優利香さんやら、あと番匠谷紗衣さんとかもそうだろうし、昔のあいみょんやら全て女性SSWらは笑いもとりつつ客とのやりとりしっかりできる堂々としたLIVEやれてるのは路上で鍛えたからだろうな。しかも東京以上に何言い出すかわからん難波やら梅田やらの関西ってのがめちゃちゃ貢献してると思うな。

プライドってなんですか?〜『#ミドリムシの姫』&『#ミドリムシの夢』(真田幹也監督)合同レビュー🐛

1.前作との比較🐛
前作『ミドリムシの夢』において「大人の青春群像劇」と言う作風以上に「路上監査員(ミドリムシ)」という職業そのものに更にグッとフォーカスを寄せたストーリーとなっているのがとても印象的だった。

https://midorimushifilm.wixsite.com/hime

それが功をなしてか主人公・野上幸子(河井青葉)をはじめ、同僚として働く様々なミドリムシたちの心象風景を写像することに成功していて、前作以上に登場人物たちへ深く感情移入して物語に入り込めた。めっちゃ地味って訳でもなくてあと今回新人ミドリムシとして出演してた青野竜平さんもラスト付近サプライズを見せてくれるしで前回同様にスカッとする側面もあった。


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個人的意見を言えば前作より今作の方がスルメ度は高いと思う。
昨日観て今日、公開中にもう一回は見に行きたいと考えているほどだから。
とはいえ別に前作が受け入れなかった訳ではなくて、このfilmarksでのレビューでも評価してるし、5000字ぐらいの熱いブログを執筆するぐらいとても面白かった事を断っておきたい。

ただ、前作を見た後のブログ記事内でのレビューで私は以下のように率直な意見を付記している。

「続編があるとすれば、本作以上にもっと二人の"間合い"とか、"会話劇"とかにフォーカスして欲しいなと思ったりする。」

この「二人」とはもちろん今回も出演しているバツイチ男シゲ(ほりかわひろき)と、前作のみの何事もキッチリしなければ気が済まない実家暮らしのマコト(富士たくや)のことだが、そのお二人の魅力的なキャラクターが霞むぐらい目まぐるしいストーリー展開が幾分慌ただしいという印象が少なからずあったと思う。
では今作ではどう変わっていっただろう。

 

2.姫にガチ恋🐛
今作はそんな私の懸念めいたものを見事に払拭している。
とにかく今回のバディ、主人公・野上幸子と超ストイックな元・教師のベテランミドリムシ大高洋夫)が絶妙で観ていて二人の会話シーンは結構テンポがあって心地よかった。これは後から分かるけど、二人どこか性格が似ているのだと思う。本作の根底をなしているのは、彼らの一見真面目そうというか「なんでこの職業選んだの?」というどこか抱える心の闇のようなものが徐々に浮き彫りになっていく構造で、より深く彼女ら登場人物たちへの心象風景をより深く理解し、共感することができたように思う。
.....などと、堅苦しい言葉使ったがとにかく野上さんのこういうどこか影があって芯のある女性のようにも見えてどこか脆い面もあるみたいなキャラクターがとにかく魅力的だったのだ。話は全然違うが安田弘之著『ちひろさん』という漫画の主人公を思い出した。
あの主人公ちひろさんの方が確かに心の闇の部分はとても奥深いんだけど野上幸子の方が身の回りにいそうでいない、いやもしかしたらいるかな、ぐらいの絶妙なリアリティのある女性である。あの妙に理屈っぽいハキハキした感じの口調だとか、妙に私服が我々男でも分かるレベルのオシャレさだったりとか、下ネタ言いがちなジジイにも過剰反応せず軽く受け流したりとか、妙にフワユル・インスタ映えなフェミニン女過ぎず、かと言って真逆に位置する男か女か分からんみたいなツイフェミのガチ勢みたいなああいう感じでもないこの匙加減ってかこの絶妙感が最高なのだ!
あ、告白します。
 私はどうやら、もはや野上さんに「ガチ恋」してしまったようです。
そう言った意味では、本編中「おばさん」などと抜かしたドライバー(仁科貴)や極悪YouTuberどもは断じて許せません☠️
そういや仁科さんは去年公開された某女子高生殺し屋二人組映画では893に散々な目に遭ってたけど今回も結構散々な目に遭ってます(笑)

 

3.舞台挨拶でのトーク🐛
前作・今作いずれも真田幹也監督と出演のほりかわひろきさんの舞台挨拶にも参加しているが、毎回掛け合いも独特の間があって凄くツボなのだ。
その時に早くも第三作目への展望トークもあったがタイトルはどうなるのだろう?
今まで「ゆめ」「ひめ」と「め」で韻を踏んでるので今度もそれで行くのかなど考えたり、そうなったら「"め"で終わる二文字」ってことで『ミドリムシのカメ』『ミドリムシのサメ』『ミドリムシのウメ』ぐらいしか思い浮かばないしで、3作目のタイトルは一体どうなるのか今からもう気になっている。
あと先の理由で、野上幸子さんの主人公、再登板は強く望むところだが、どうなるんだろう。

あと舞台挨拶の後半で真田幹也監督は
「世の中のドラマには医者であるとか刑事であるとか教師であるとか定番の職業を題材としてるんだけれども、このように"路上監査員"などのようなマイナーな職業にに目を向けたものは極めて少ない。こういうニッチな職業に目を向けることによって、むしろそこにしか生まれないドラマが生まれるんじゃないかといつも思っている。」
というような事を仰ってたがその言葉に深く共感できるものがあった。
というか、路上監査員というマイナーな職業にフォーカスしたからこそ、そこから透けて見える人間模様や心象風景など我々の日常生活にも当てはまる、ある種の一般性や共感が生まれるのではないだろうかとすら思うのだ。
「鑑賞後、町のミドリムシ達が皆ヒーローに見えるそんな映画だ」と前作から今作にいたるまでずっと思ったものだが、結局、我々は人生に、そして自分の生業に、自分の愛する人達にプライドを持って生きる者は誰しもヒーローなのかもしれない。
そう、ミドリムシとは彼らだけではない、我々もミドリムシ、だったのだ。

(付記)あ、真田監督、本作ってか前作を見て以来、大阪の街を歩いて路上監査員の方々に俄然注目するようになりましたが、帽子に緑色の制服、そして大体二人組と東京とほぼ同じスタイルだと思います。

再録;「ミドリムシの夢」

nenometal.hatenablog.com

1.夢にまで見た"ミドリムシの夢"

やっとのことで『スペシャルアクターズ』に出演している富士松社長、いやボスこと富士たくや氏が主演している事もあって、以前から観に行きたかった真田幹也監督作品「ミドリムシの夢」が大阪は阪急十三駅から5-6分ぐらいの所にあるインディーズを中心とした映画館「シアターセブン」でも上映される事になり、ようやく観ることができた。*1

よくよく考えれば、『スペシャルアクターズ』が公開された10月18日(金)以後に制作された出演者様の作品を観る事自体は初めての経験だったと言って良い。

孤独のグルメ』とか金スマ上田慎一郎再現ドラマ、とか公開前にってのはちょくちょくあったんだけどね。

 

で、この『ミドリムシの夢』ネタバレ抜きに話の流れをざっというと、

[STORY]

駐車監視員であるちょっと女にだらしないバツイチ男シゲ(ほりかわひろき)と、何事もキッチリしなければ気が済まない実家暮らしのマコト(富士たくや)の凸凹コンビ。*2

彼らはガンガン街に駐禁している車を取り締まりまくっている。プロポーズ成功したカップルだろうが、仕事中の現場作業員だろうが容赦無く...ってもこれはマコトの方だけだけどね。

 東京新宿は、西新宿にて深夜勤務に形態が変わった事をキッカケに次から次へと出くわす、そこで出会った様々な人生模様を絶妙な音楽や主題歌と共にテンポ良くかつコミカルに描く群像劇である。

 

 まずは本作、予告編がホントによくできているので是非観て頂きたい。


映画『ミドリムシの夢』予告編

 

予告編を見ていただいてなんとなく分かる通り、本作のテーマである、「大人になったあなたにはまだ夢があるのか?」という命題へと収束すべく、ミュージシャンになると言う夢を諦めかけた者、落ち目のアイドルとして将来的にどう苦境を乗り越えて行こうか悩んでる者、そして駐車監視員としてどのような夢を抱くべきだろうか、もう不倫はやめて家庭に向き会おう、今後の人生設計はどうしようか、etc...と総じて「現状を変えなければ。。。。!」と願っている主要な登場人物が全速力で駆け抜けていくシーンがあるのだが、このシーンがまるでスポーツかなんかを題材にした青春物語を見たような爽快感に溢れているのだ。ちなみに、予告編で流れているように落ち目のアイドルみうさんの歌う主題歌『ミドリムシの夢』がその駆け抜けるシーンとマッチしてて、主題歌と映画作品の雰囲気がこれほどピッタリとくる作品ってこれ以外探しても滅多にないんじゃんじゃないかって思うくらい。映画見た感じと曲を聞いた感じが全く同じ、というか。

*3

 

ちなみにこの二人以外の主要キャストはこんな感じである... 

 みう(落ち目のアイドル):今村美乃
 八重樫(アイドルのマネージャー):長谷川朝晴
 幸恵(見送りに来た主婦):吉本菜穂子
 翔(田舎へ帰る男):佐野和真
 春日部(主婦のバイト仲間):歌川椎子
 矢花(サラ金屋):戸田昌宏

そして上映後間も無く、真田幹也監督とこの素晴らしきバディの主演の一人であるほりかわひろきさんが登壇して舞台挨拶が全体的に和やかな大阪らしいあったかい雰囲気で行われた。

 中でも撮影裏エピソード、ほりかわさんの「滑舌に難アリではないか疑惑トーク」に関して(笑)、また、「続編はあるのか?それははたまた大阪十三が舞台ってのもアリなのか!?」などの期待以上に踏み込んだ濃くも面白いトークの応酬で、50〜60席ほどあった館内はほぼぎっしり入っていて、ホント舞台挨拶の20分間がアッという間の大爆笑の連続だった。

 ちなみに私はド真前の座席に座ってたんだけど、そこから動画をフルで撮っているので是非ご覧頂きたい。

 この二人のやりとりがもうめっちゃ面白いので。

*4

『ミドリムシの夢』大阪初日舞台挨拶@シアターセブン 登壇 監督:真田幹也、ほりかわひろき

  中でも、この舞台挨拶の中で個人的にハッとした点は、そうした息の合った大爆笑トークから【本音】が透けて見えた事。ズバリ真田監督からはインディーズ映画を作って東京のみならず、色んな所でプロモーション展開していくことの重要さと大変さ】が吐露され、ほりかわ氏からは良いことでも悪いことでも良い。今、SNSの力は本当に凄いのでどんどん発信していって欲しい」と言うかなり切実な二人の言葉である。そうした面を考慮すると、本作『ミドリムシの夢』においても、ある程度のプラス以上になる興行収入を上げないと、いくら作品の質が良くても続編が作れないのは当然の話なのだろうから。そのためにも是非今後も、東名阪以外の他の地域でもガンガン上映して欲しいと思う。

 監督はしきりにこの駐車監視員(ミドリムシ)なる職業が東京以外に存在しないのではないか、という点を気にしておられたが大阪では駅前とかによく目にすることも多いし、こうしてTVなどでも東京や大阪の様子などが伝えられると思うので地方でも大丈夫だとは思うんだけどね。

 ちなみにミドリムシの夢-returns-』があるとすればメインはキャスト変えずに、ほりかわひろき&富士たくやコンビでやって欲しいなとも思ったりもする。というのも、本作の後半のあるシーンで、この凸凹コンビが人混みに紛れてトボトボ街中を歩く所に、東海道中膝栗毛のヤジさん、キタさん的な、あの凸凹コンビにどこか彼らにしかなし得ない何とも言えない「情緒」が感じられるのだ。*5

 あと、これは偉そうに聞こえたら申し訳ないんだけど、続編があるとすれば、本作以上にもっと二人の"間合い"とか、"会話劇"とかにフォーカスして欲しいなと思ったりする。意外と二人の絡みシーンって卵焼き云々の所しかなかったような気がするので、今回のようにあまり周りの人間模様を入れない方が、きっと、もっと二人の面白い化学反応が生まれると思うからだ。

 ほんと舞台挨拶でも触れてたけどほんとこのポスターの二人には何とも言えない深い味わいがあるんだな。 ↓

f:id:NENOMETAL:20200128125043j:plain

  

 

 

*1:一応公式ホームページなどここであげておく。

www.midorimushinoyume.com

*2:スペアクボスの役柄とはちょっと若い設定なんだろう。同級生が落ち目とは言えアイドルだから28,9~30代前半ぐらいだろうな。となるとボスの年代設定って40後半〜って感じか、あの娘だもんね。

*3:ちなみに物販になかったのだがあれ、CD販売してたら紛れもなく買ったよね。あとパンフレットも欲しかったなぁ、ってここで言ってもしょうがないけど。

*4:ほりかわ氏、前飲みしてたらしくホント滑舌滑らかでしたよ、って初対面だから滑舌悪い時をよく知らないんだけどw

*5:いやいや、ここは舞台挨拶でも触れてる通り『相棒』的な、と言ったほうが良かったかな汗

#Anly「Loop Around the World” ~Track4 / QUARTER TOUR~(#LATW4_QUARTER) @神戸VARIT.」爆裂レポート(注)セトリ&ネタバレあり

#Anly「Loop Around the World”
~Track4 / QUARTER TOUR~(#LATW4_QUARTER)」爆裂レポート!(
ネタバレ&セトリバレあり)

TABLE of CONTENTS
1.Loop Around the World~Track4 / QUARTER TOUR~
2.Angel Voice as her IDENTITY
3.What is the Meaning of LIVE?
4.And lIVE goes on....

オールクリアを踏めば

バックトラックは一瞬で消えるけど

本当に最高のグルーヴは一生記憶にバンクされる

 ーAnly (1997/1/20 〜シンガーソングライター)

 

1.Loop Around the World
~Track4 / QUARTER TOUR~

終わってみれば人生最高・最幸・再狂・最強のライブだった。

何が最高って私が今まで生きてきた中での人生ライブ体感史上最高を更新しすぎるぐらい凄すぎるので、神戸公演終わってからも真っ直ぐ帰ら流のが勿体無くてぐるぐるぐるぐるムダに遠回りに散歩して頭を整理したぐらいだから。

Anly「Loop Around the World”
~Track4 / QUARTER TOUR(@神戸VARIT.)

 

セットリスト(11/3)         

1.VOLTAGE🔩🎈

2.カラノココロ🍥

3.We’ll never die💀👶

4.Crazy World🐎🦌

5.IDENTITY🌊🗻🌥️🌌

6.KAKKOll🎧🦩

7.komorebi⛅️(

8.Homesick😭🏠

9.Angel voice👼

10.Do Do Do🚭

11.Fire🔥

12.Alive👵

13.Welcome to my island🌴
(アンコール)

14.Saturday kiss 💋

15.星瞬~Star Wink

結論から言おう。

この「ニューアルバムを中心とした全13曲からなるパフォーマンスを土台とした本ツアーでのライブは単なる『QUARTER』をループペダルで再現したLIVEではなかった

本盤に内在する「What is my identity?というテーマに真摯に向き合いLIVEver.へと再解釈し直したいわば「アフターQUARTER」の光景があったように思う。

 何せライブ後半あたりで炸裂されるだろうと思われた『VOLTAGE』と『カラノココロ』を冒頭から間置かずに奏で始め、これまた以前のLOOP AROUND THE WORLDのツアーではクライマックスかラストソングで奏でられていた『We'll Never Die』でオーディエンスのボルテージを最高潮に高めるこの暴挙とも言えるこの展開の速さ。もうさっさと今までの総復習やっちゃって次へ行きますよ〜的に心なしかAnlyの表情も余裕があるように思えた。

「え、まだ序盤でしょ?こんなんで2時間近くもテンションが持つのかい?」と思っていた所に聞き覚えのないイントロが...。そう、今回の神戸でのツアーパンチラインになっていた新境地開拓チューン『Crazy World』である。本曲のループアレンジはどこか音源で聴く以上に民族音楽というか【インターナショナルミュージック】とでも呼称されそうなアレンジ。それにしても今回のツアー、新譜中心の選曲だけあって「次はどの曲が出るのか?」というワクワク感がとても大きいのでネタバレは以前にも増して厳禁である。(とか言ってブログでこうして書いているのだが w)

そしてきたきた!!!!!え、てかもう来たの!??

またもや正体不明のギターの音が重ねられ、またも新譜からかと思われた矢先に正体を現したのは......

そう!!!個人的に前記事ブログ前後編使って散々吠えた傑作アルバム『QUARTERの核(コア)となるべき超絶大名曲『IDENTITY』の登場である曲のループペダルバージョンは、全体の音が音源以上に更にシューゲイズっぽく多重にギターの音色を重ね合わせるようないわばオルタナティブロック仕様なイメージがありつつ、そしてギターのボディを叩いて生み出されるリズム音はどこかAnly自身の内省的な心臓の鼓動のような響きをもたらす、ボディブロウのように徐々に染み渡っていくイメージも共存するとてもディープなものになっているのだ。...とここまで書いて、本曲はどこか『DAREDA』を初めてループで聴いた時のような印象にどこかしら近い事に気づく。多重の音像を重ね合わせつつもどこか内省的な暗さをも兼ね備えた楽曲であるという意味ではとてつもなく近い。やはりこの『IDENTITY』の「鏡の中にいる自己を見つめ、存在意義を問いかける」ような前半部の歌詞が『DAREDA』の当時彼女がティーンエイジ時に書いという歌詞とリンクするのは偶然ではなかったのだ、という事実に改めて気づく。

今回のツアーは叶わなかったが個人的に両曲共々連動して聴いてみたいなどとと思ったりして(個人的には『DAREDA』→『IDENTITY』の順序の方が好みだったりして)。

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そして今回以前聴いた曲でも意外な変化をもたらした曲があった。ズバリ『KAKKOII』である。この曲はライブ映え必須の攻めに攻めたバキバキに尖ったヒップホップ曲というイメージがあったが、完全武装のアレンジから更にシンプルに音数を削ぎ落とした印象があった。ふと以前『69号室の住人』というTV番組のインタビューで「Anlyさんにとってループペダルとはどういうもの?」という司会者からの質問に

音を足すのではなく引き算でしかない。

と答えていたのを思い出す。セトリの先読みになるが『Do Do Do』に関しても『Fire』に関してもより足し算ではなく最小限にミニマムな音像にまで研ぎ澄まされたような印象があった*1

 そして突如この緻密なルーパーモードからギター一本での「いめんしょり」モードへ。『Homesick』そして以前のツアーではアンコールラストで演奏された『KOMOREBI』と正にしんみりしっとりモードが続く。これらの歌はアルバムの中でも音源としては地味な立ち位置にいる印象だがどこかライブではしっかりとした儚げな強さを讃えている印象を放つ曲だと思う。

そして会場でもしっとりとしたこれらの曲に感情移入してか、啜り泣く声が聞こえてきたのをはっきりと認知した。

そして、そして........今回のツアーの大目玉になるであろうこの曲が放たれたのだ!!

次章へ続く。

 

2.Angel Voice as her IDENTITY

そう、今回のLATW4ツアーの目玉とも言える神曲(あ、天使曲か)Angel voiceである。

この曲の凄さを語る前に実は前兆....ってかこうなるのではないかという予感はあったのだ。

それは、この日のライブより4日前の日曜日に開催された「KOBE Kiss FM× 神戸マツダプレミアムライブ Vol.6」というラジオの公開収録LIVEである。


 この時に本曲がアコースティックオンリーで演奏されたものだが、まるでハリウッド超大作のようなアレンジで聞き慣れている重装備な編曲で聴き慣れてるAngel Voiceがアコonlyだと曲の持つ神聖さがより浮き彫りになったような印象があった。Anly自身は本曲を演奏する事についておおよそ以下のように語っている。

今現在ツアーで回ってて「Angel Voice」を演奏するって事に今日の朝はっと気づいたんですよ

(本人観客司会共々爆笑)

え、そんなことってあるの??その時は単純にAnlyというSSWのある意味プロミュージシャンとしての強かさだとか図太さに感嘆したものだが、今こうして『Angel  voice』を目の当たりにしてしまった今ならよくわかる。そりゃここまで完膚なきまでのパフォーマンスが繰り広げる曲ならこのイベントでアコースティックのみで演奏する事実などすっ飛ばして忘れてしまうだろうよ、て思うぐらいもう別の次元のものだったから。そう、オーディエンスとしても今ループペダルバージョンを体感してしまったからこそ尚更そう思う。

もう一回言おう。

音源とアコバージョンと、今回のループバージョンとは完全に異次元のものだった

そして本曲のパフォーマンスを文字で語るという無謀な事をすると、冒頭ではいわゆる公開収録同様にアコースティックオンリーで始まったものだから正直「あれ?この曲もアコギオンリーなのか?」と思っていた。それにしてもAnlyのファルセットボーカルもタイトル通りの毅然とした崇高なまでの美しさを讃えているが、これは音響の仕事の成果もすごく大きくて、ボーカルの残響音が物凄く心の底にまで浸透していく感じがした。
そんな事をしみじみ思っていた矢先、ワンコーラス歌った後でおもむろにサブのマイクに向かい、

Can hear the angel voice?
What is the meaning of life?

というフレーズに息を灯すかのようにコーラスを重ね、ギターを重ね、リズムを重ねている様子を目にするにつれて徐々にやはりループペダルでやるのだなと確信すると同時に、ただならぬ雰囲気がビシビシと伝わってきた。正に彼女はたった1人で、あの音源に負けじとあの壮大なハリウッド超大作ばりのアレンジの再現へと挑むべく巨大な音像を構築しようとしている事がわかったからだ。そして、ツーコーラス目辺りからこれまで構築してきた全音像が一気にステージ上に押し寄せてこの日のステージ最大限の音塊の波が押し寄せて圧倒された瞬間のカタルシスたるや!!!!ここで正直にに言おう、私の目からとめどもなく洪水が溢れた。そんな感動に浸っている間もなくその直後に「何か」が起こったのだ。
そう、本音源の歌詞にないフレーズを突如Anlyが歌い出したのだ。その時、頭がぶっ飛んでたからその詳細な歌詞など記憶に留めようという意思は毛頭ない訳だがどこか沖縄民謡にも似たメロディーを有する歌である事には間違いなかった。

もしかしたらそれはアルバム一曲目の『Alive』にもあるような92歳の祖母の話を通じて浮かび上がってくる「どんな時代も耐えてきたあの歌」の一節なのかもしれないが、その辺りの謎は今後分かってくるだろうから予測に留めておく。とにかく沖縄に生まれし彼女がその地に生きる人々に触れ合うことによって知る本当の生きる意味と目的とは世界レベルにまで届くような広大な歌詞の世界が印象に残ったものだ。

そんなどんな時代の荒波の渦に飲まれようとも決して滅びない力強い歌を更に優しく包み込むような天使のようなコーラスと神々しさすら感じる崇高なギターサウンド、そしてそんな力強く生きる事を決意した人々の胸の中みある鼓動のようなリズム音の力強さ....もはや誰もが息を飲んで圧倒され尽くしたであろうその余韻....それを引きずる事なくオールクリアによってパタっと鳴り止む静寂の空間が訪れ、そこから一瞬の間が空き、嵐のように湧き起こる拍手。

す、、、す、、、、、凄い、これがAnlyだ、ループペダルだ、音楽だ、世界だ、、地球だ、、宇宙だ!!!!

その拍手がこの日最大限にどの曲以上に鳴り止まなかったのは言うまでもない。いや、確かに『Distance』然り『Venus』然りループペダルのパフォーマンスでは多重コーラスと幾重にも重なったアレンジとAnlyのボーカリゼーションとがまるで宇宙の彼方でセッションしているような感覚に陥り、その音像の中にいる我々は銀河系へとぶっ飛ばされそうな神聖かつ壮大な楽曲は存在する。

これらの楽曲の過去のパフォーマンスは以下の記事が示唆的である。

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しかし今回のこのAngel voiceとあれらの楽曲とは何かが違うのだ。その「違い」とは一体?その所在は『QUARTER』というアルバムの本質に隠されていると思う。一言で言えばあのアルバムは彼女にとって初めてコロナ禍を経てのシンガーソングライターとしての自身のスタンスを問いかけ、人生にとって音楽のもたらす本当の意味は何か内省的な思いの丈をぶちまけたアルバムであったように思う。
そんな思いの集大成が本曲における

What is the meaning of life?
歌い続ける

というフレーズに満ちていたように思う。それらのフレーズ達は実は
【What is your IDENTITY?】
【IDENTITYの欠片】
という『IDENTITY』のテーマとも連動しており、やはりAngel Voiceにも【IDENTITYの欠片】に対する答えが内在されていたのだろうと思う。この辺りは以下の記事で深く触れている。

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そして、そんな物凄いストリングの嵐のような音像の洪水の後にも以下のようなマニフェストがあるのを見逃してはならない。

 「Can you hear Angel voice?
 変わらぬ思い時を紡いで歌い続ける」

 

と歌い手としての赤裸々な思いがマニフェストされている、ある意味静謐ながらも強い彼女の意志が見受けられる、ある意味本曲も隠れた『IDENTITY』ソングではないだろうか。

そしてライブはクライマックスからエンディングへと向かう。

 

3.What is the Meaning of LIVE?

本章ではこの日のライブにおけるAnlyのパーそなりな一面に焦点を絞ろうと思う。『KAKKOII』では最初の音の作りがどうにも意図されないものだったらしくてもう一度やり直してからの演奏になった。

その後

音間違えたけど関係ない 待っててくれてありがとう 

神戸VARIT.に来てるみんなKAKKOII

というアドリブのリリックをぶちかまし逆に盛り上がらせ、演奏後に「危うくkakkowarui(カッコワルイ)になる所でした。」と言って大いにウケを取るあたりこんなやりとりできるミュージシャンは他に存在するだろうか。多分同世代の女性SSW界隈では数年前から大ブレイクした兵庫県出身のAさんや、アニメのタイアップが多いという意味ではAnlyと類似しているカリスマ的人気を誇るフランス語表記のAさん、或いは去年辺りからネットを中心に勢いを増し今やメジャーフィールドへとメキメキ頭角を表しているAさん達ですら厳しいのかもしれない(ほぼAさんばっかだなw)、いやいや、それ以外の30代以上のキャリアを誇るミュージシャン達でもこういうパッとアドリブ効かせる対応ができる人は少数派なのかもしれない。Anlyはこういうアドリブ力に関しては群を抜いていると思う。*2あとMCに関してもう一つ。本ツアー毎に貼り出される歌詞の一部をポスターにして貼り出すパンチライン企画というものがあるが、これは本人は介在せず毎回スタッフが厳選してるらしい。

「私だったらヤバいとこ選んでしまうでしょうからね〜笑」というのには会場大爆笑だった。

もうどうひっくり返しても

ほっとけばいつのまにかバカがトップにいる世界だ。

不思議。

のくだりだろう。にしてもあれだけ会場中が知ってるって感じで大爆笑だったってのは誰しもあのアルバムをヘヴィロテしてる証拠だろう。

そして終盤では安定のDo Do Do』と『Fire』だけど冒頭の『VOLTAGE』の時のパフォーマンスで述べたように重厚に音が足し算ではなく最小限にミニマムな音像にまで研ぎ澄まされた印象があった。

もこうなってくるともはや「ループペダル」という演奏技術は彼女にとって武器であり、自己表現御手段でもあり、もはや彼女自身の心象風景の現れでもあるのだろうという気がしてくる。そして終盤も終盤『Alive』、『Welcome to my island』という彼女の出生地「沖縄」或いはそこにいる祖母という彼女の出生地に起因するものから最終的にグローバルなメッセージを送る【ローカルから世界へ】と発信するメッセージ性溢れる曲で締めくくられる。

ちなみに前記事では本アルバムの曲構成を以下のように定義していて、それに準拠しているという意味での【ローカルから世界へ】という造語である。以下が全記事のアルバム構成。

Original Definition;『QUARTER』の構成

兎にも角にもこれで神戸VARIT.での本編は終了した。

勿論某曲だけでなく他曲の大半はクライマックスで「満を辞して」て感じで演奏される曲(予測含め)ではないか、それがもう余裕で演奏される感も凄い。あと思ったのはもう「LOOP  AROUND THE WORLD」というシリーズはこれで最終回になるんじゃないかとも思ったりして。何せ今のAnlyは弾き語り、バンド演奏と何ら違いがないから。もうループペダルに特別感はないのだ。本編終了後のアンコール、『Saturday Kiss』のイントロを奏でる。本曲はもしかしたらループアレンジで演奏されるかとも予測したがいわゆる「いめんしょり」スタイルだったがこれは個人的に意外だったが結果的に大正解だったと思う。

見知らぬ街のどこかで

この海や空の向こうで

あなたの幸せを願う人がいる

本曲をいつ聴いても本フレーズの「広大さ」にハッとする。

『Homesick』にも『星瞬』にもそして今年の冬に初めて聴いた『声海』をも網羅するような普遍的な広義の意味でのラブソング。こうした姿勢は恐らくAnlyというSSWの核(コア)なのだろう。それはなぜか「当然のようにアンコールで二曲歌ってはいけませんね。謙虚にならねば。次の曲も歌わせていただきます。」とやたら丁寧な紹介のもと演奏された『星瞬〜Star Winkも同じ。しかしこの曲もこうしてライブで聴くたびに本当に当初聴いた時より更に更に壮大なバックグラウンドが見える大きな曲になっていくなあと思う。

これで本当にライブは終了してしまった!

 

4....and LIVE goes on

そして最後に忘れてはならないのはこのツアーはまだ3箇所目(本ブログアップ時には広島公演が終了しているので4箇所目)が終わったばかりである。という事はまだまだ曲のパフォーマンスにも様々な変化・進化が見られる事だろう。現に神戸公演翌日の広島公演ではオーディエンスのリアクションがまた神戸とは大きく違ったものになっている事がAnly自身のツイートからも示唆されているし、こうした変化は今後とも大いに予測されるであろう、何せライブだ、しかも『QUARTER』という2022年必聴傑作アルバムをリリースしたばかりのAnlyのライブなのだ。まだまだ伸び代があるのは自明である。そもそも「LIVE=ライブ」とは正に「LIFE」から派生された用語であり、正に生き物の如く進化していくのは必然である。

かくいう私も次のライブ鑑賞として12/3の大阪BIG CATでのチケットを既に入手している。その時にまたどのような変化が起こったのが何が生まれたのか、ライブマジックが起こったのか、次のチャプターの枠を本記事に空けておこうと思う。ではそれまでこのAngel Voiceたちの美しいファルセットの残した残響音のようにライブが終わるたびに聞こえてくるSNSなどの感想の声に浸りつつまたもや9494字にまで及んでしまった本ライブレポに一旦ピリオドを打ちたい。

 

*1:で、ここからはもう完全に持論なので無視していただいても構わないが正直、正直「神戸VARIT.さん、もうちょっと音量大きめにしてくれないか?」と思ったのも事実だ。神戸市って割とこういう音量に関して思い当たる節があって、映画館然り、ライブの音を気にしてあるイベントでのライブが中止になったりと音に関しては非常に厳しいてか(矛盾した言い方だが)うるさいイメージがあるからもしかしたらそういう規制があったりして。だとしたら残念な話だが。

*2:これは何度も言ってるけど昨日のいめんしょりでチューニングの時間が思いの外長くなってしまって皆が「大丈夫か?」というモードになりそうなタイミングで「これは“チューニング“っていう曲でーす!」と切り返して大ウケをとったAnlyの頭の回転っぷりは素晴らしいと思いますw

#Anly アイデンティティの欠片を求めて〜 日本の音楽史上最高超絶大傑作『#QUARTER』爆裂レビュー Side-B(💫編)『KAKKOII』〜『星瞬〜Star Wink』まで

アイデンティティの欠片を求めて〜

Anly 、日本の音楽史上最高超絶大傑作『QUARTER』爆裂レビュー』

Side-A(🎈編)

PART1.【ローカルから世界へ】

1. Alive

2.Welcome to my island 

PART2.【オルタナティブ•ヒップホップ】

3. Do Do Do

4.IDENTITY

PART3.【エンジェルたちの奏でと癒し】

5. Angel Voice

6. Homesick

 

Side-B(💫編)

PART4.【グローバルポップスの未来】

7.KAKKOII

8. Crazy World

PART5.【NARUTOから BORUTOへ】

9. VOLTAGE

10. カラノココロ(Matt Cab&MATZ remix)

PART6.【日常を照らす光】

11. KOMOREBI

12. Saturday Kiss

PART7.【星空を潤すエンドロール】

13. 星瞬〜Star Wink

FINAL PART.【アイデンティティの欠片】

 

本記事は前記事、

アイデンティティのかけらを求めて〜

Anly 、キャリア史上最高傑作『QUARTER』爆裂レビュー』

Side-A(前編)の続編にあたる。

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PART4.【グローバルポップスの未来】

7.KAKKOII

LIVEで聴いた印象ではバキバキのヒップホップかと思ったがこうして歌詞と照らし合わせて聴くと音楽史でいかに自分のスタンスを見据えるかというマニフェストに注目がいく。
ラウド一辺倒ではなくGreenday的なシニカルなパンクスタイル。そう 、ここでGreenday といえば『KAKKOII』における【今ならわかる歌】とは恐らくGreendayが1999年にリリースしたアルバム『Warning』に収録している『Minority』の事ではないだろうか。「何者にも屈せずに自分のスタイルを貫け」
そういうテーマを内包するあの曲の光を受けて更に「アイロニーも大歓迎」とタフに時代の波を乗り越えようとする姿勢が窺えるからである。

因みに本曲ライブで数回聴いたことがあるが、アレンジが幾分柔らかな印象を受けるのだが気のせいだろうか、というより今回DENTITYだとかアルバムバージョンの『Do Do Doなどのバキバキソングが存在するので尚更そう思えるのかもしれない。
いずれにせよ今後誰々MIXとか、話題の『カラノココロ』ばりにアレンジバリエーションも期待できそうだし、真っ向勝負感ハンパない本曲は日本のポップスの闇や絶望を照らす太陽光となるだろう。

★『KAKOII』 Official MV


www.youtube.com


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8. Crazy World

アルバム前半の流れが神すぎてなかなか後半戦を語る余裕がなかったが、ようやくこの新境地曲『Crazy World』が心の真髄に届いてきた。ちなみに2曲目【Welcome to the crazy world】の「Welcome to〜」と【Welcome to my island】の「Welcome to〜」が全然ニュアンス違うのが個人的にめちゃめちゃ興味深い。『KAKKOII』で【アイロニー】というフレーズが顔を出したが正に本曲はこの現実世界を【狂った世界】に喩えその世界へと【ようこそ】と皮肉る事で一曲目『Welcome to my island 』との対照性を引き立てている。

宇宙人の顔した地球人
地球人頭のネジ緩んでるね

などなどこのフレーズから各々様々なピースを埋め込んで様々な想像力を巡らせることができるだろう。因みに私は奴と奴と奴がパッと浮かびました(w)

ただそうした風刺的ニュアンスに留まらずに

狂ってる世界に僕は飲み込まれない
全てを奪われてもこの心奪えない

というポジティヴィティへと結実させているのがAnlyのポップミュージックとしてのドグマを遵守しているというか....

そして何よりも本曲が革命なのはお手本となるレジェンドの引用元が一切見えない所。正にこれがAnlyの音楽を唯一無二にしているオリジナリティの所在なのだろう。いずれにせよ本曲もこのアルバムのコア(核)である事は間違いないし今後もこうした傾向の歌詞が綴られていくのではないかと予想している。

 

PART5.NARUTOから BORUTOへ】

9. VOLTAGE

★『VOLTAGE』Official MV


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曲タイトルはズバリ『VOLTAGE』で、本単語自体にエレキギターを思わせる【電圧】と、LIVEを思わせる【熱狂】の意も兼ね備えている。これはAnly というSSWはこの二年、配信だろうが有観客だろうがそういう稲妻のようなVOLTAGEを与えてくれた、そんなコロナ禍での彼女の活動の象徴のような曲だと思う。以前彼女の誕生日ライブで初めてアコver.で聴いた時、一人ながら多様に広がる歌声ゆえかパッとBohemian Rhapsodyの弾き語りが浮かんだりもして。
 本曲も アニメBorutoの世界観を投影したものであり、現実世界への闘争宣言としても機能する、ある種の「ロックオペラ」のそうそが内包されているかもしれない。

そこで前の記事では触れる程度にしておいた「MVでのバルーン飛ばし」と本曲のスタンスについて再考したい。

 バルーン飛ばし『VOLTAGE』ver.

この「バルーン飛ばし」は今後4曲連続配信リリースされる全てのMVに統一されるオプションで、あくまで『Homesick』では地元から離れて東京に暮らすAnlyのパーソナルな側面を歌詞として反映させている曲だったが、本MVではなぜ本人自らがパーソナル・ストーリーの域を離れて様々な人々の様々なケースへと普遍化させようとしたのか、と考えた時にふと本曲を最初にラジオでオンエアした時のFM802のDJである仁井聡子氏のコメントが示唆的である。彼女は本曲を初めてラジオでO.A.した直後に半ば興奮気味な口調で以下のように言ったのだ。*7

仁井聡子「集大成というか、いろんなAnlyのヴォーカリゼーションが楽しめて、そしてぶち上がるナンバーです!!」

そう、この色んなボーカルやメロディやアレンジによるAnlyの集大成が全部詰まった曲。この曲がよに放たれることへの願いを黒い風船に託したのではなかろうか。この黒い風船とは紛れもなく『VOLTAGE』という曲のみならずこの時既にリリースを視野に入れていたであろうアルバム『QUARTER』であり、更に言えばAnlyが音楽を続けていく事の象徴。そう、紛れもなくこの黒い風船は「アイデンティティの欠片」だったのかもしれない。

10. カラノココロ(Matt Cab&MATZ remix)

★『カラノココロ(Matt Cab&MATZ remix)』Official MV


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本曲に関しては何もいうことはあるまい。こちらは過去曲のリミックスであるばかりではなく、現在Tik Tokにおいて6億再生されているという大バズりソングである。曲のレビューというよりはここでは、過去の東京・渋谷のduo MUSIC EXCHANGEで開催されたAnlyのメジャーデビュー5周年を記念して開かれた「Anly 5th Anniversary Live」のレポート記事にて最後に『カラノココロ』に関しても触れていて、それが『VOLTAGE』というか『QUARTER 』について予見しているのだ。それを以下、引用したい。

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ちなみに、アニメ主題歌として思い当たる節がある。それは、『NARUTO疾風伝』と言うアニメタイアップ曲である2017年にリリースされた4th singleの『カラノココロ』。その曲に関して、11/25のライブ前日に彼女は以下のようにツイートしている。ナルト72巻と外伝小説を読みこみ、歴代のOPとED曲を聴き込んで、ナルトとサスケの関係性、そして全てのキャラクターに当てはまるように歌詞を書きました。私の最高傑作です!そう、以上のツイートを見て彼女の熱心なリスナーほど「最高傑作」なる言葉にひっかからなかっただろうか?これまでのAnlyの活動を振り返ってみたら分かるように彼女の視線の先は過去ではなく未来にあったように思う。だから「最高傑作」という名の勲章を過去の楽曲に付するだろうとは到底考えられなくはないだろうか。だが、少し視点を変えてこうも考えられはしないだろうか。きっと彼女は最高傑作と言う称号を前回のアニメ作品に敢えて付する事によって、次なる新たなアニメ作品への期待値を高めたのだと思う。言って見ればこの「最高」を超える「更なる最高」が用意されている、という彼女なりの自信に満ちた示唆があるのかもしれないと考えているのだが。

そう、最後の下線部に注目したい。

【この「最高傑作」と言う称号を前回のアニメ作品に敢えて付する事による「更なる最高」】というのは結果的にはこの当時は集大成曲である『VOLTAGE 』であったのだけれど、もっといえば本アルバム『QUARTER』へと連動し、その最高傑作ぶりをも予言する事になってしまったのだ。

PART6.【日常を照らす光】

11. KOMOREBI

★『KOMOREBIOfficial MV


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ふと思う、私はAnlyというSSWに対して歌声と眼差しに「強さと優しさ」が共存している感覚をずっと抱いていた。そしてここ最近、ライブ映像や実際に見たりしていくにつれ、「強さ」を全面に出した『太陽に笑え』のような曲にこそ歌声に柔軟性がみられ『KOMOREBI』のような曲に逆に強さをも感じたりしているのだ。

そしてこの日常の何気ない光景が「普遍の真理」に変わる時ポップミュージックの存在理由と果たすべき役割が内包するのではないだろうかと強く実感した楽曲である。

必ずこんな日が来るよ 生きてて良かったと

本曲を初聴きしたのは昨年末辺りでのループツアーでのアンコールである。今までの重装備のループアレンジとは違って、そこでまるで道端に咲く小さな花を愛でるような優しげな演奏だったのを覚えている。思えば Anly というSSWはコロナ禍で音楽がどれほど憂き目に晒されようが一貫してポジティブなメッセージをアティテュードを発信してきたのだ。
 この絶望の闇照らす光のような本曲がもうすぐ「
完奏」を迎えるツアーに、そして来るべきアルバム楽曲として正に道端に咲く小さな花のような彩りを添える事だろうと思ったものだ。そしてここでも1:28と3:04にバルーンの姿が登場するのだ。

そう、やはりこの曲もAnly自身の「アイデンティティの欠片」を投影したものだったのだろう。

12. Saturday Kiss

そして『QUARTER』はSSWとして、そして沖縄で生まれた一人の人間としていかに生きるかマニフェストしたアルバムだと思うが、この『Saturday Kiss』のように喧騒の世の中に咲く一輪の花のような心現れる美しい曲も収録されている。本当にこの曲は日常的な光景にささやかな花束のような彩りを添えるポップスとして昇華したハッピーエンディング・ソングだと思う。

今日もあなたが笑っていますように
心から願っている 同じ空を見上げている瞳閉じて土曜日の空にKissしよう

この『CRAZY WORLD』『IDENTITY』サウンド武装バリバリのアレンジで重装備した楽曲とバキバキにアイロニカルな歌詞を備えた楽曲群を書いた同一人物とは思えないほどなんとエヴァーグリーンな歌詞だろう。しかも劇団四季だか何かのミュージカルのカーテンコールでキャストが全員ズラリと並んで拍手を浴びているような爽やかなメロディー。

見知らぬ街のどこかで
この海や空の向こうで
あなたの幸せを願う人がいる

本フレーズの「広さ」にハッとする。『Homesick』にも『星瞬』にも『声海』を網羅した普遍的な愛。恐らくAnlyというSSWの核(コア)なのだろう。あと個人的にはACE OF BASE『Ordinay Day』を彷彿させるような多幸感がある、kissと言うキーワードもしっかり内包してるし。


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しかもここが注目すべき点だがこの曲においてもキッチリと「Anlyオリジナリティ」として何の違和感もなく受け入れられる所が彼女の表現力の計り知れなさというべきか

 そう言えば、先程「ミュージカル」と言う言葉を例に出したが、そんな劇の中で絶望も挫折も怒りも悲しみも喜びも希望も何もかも乗り越えた後で迎えるハッピーエンディングを迎えつつ放たれるエンディングテーマソング、そんなニュアンスがこの『Saturday Kiss』にはある。だからこそこの曲はアルバム中1、2を争うくらいの涙腺刺激曲となっている。まあ「涙腺」とは言ってもそれは悲しい涙でも嬉し涙でもない、喜怒哀楽どれにも属さない感情の根源のような洪水のような涙に溢れるのだが。 

PART7.【星空を潤すエンドロール

13. 星瞬〜Star Wink

★『星瞬〜Star WinkOfficial MV


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深雪にポッと仄かな光が灯るようなイントロとその中をゆっくりと確かな足取りで歩んでいくようなAメロが放たれた瞬間何度聴いても涙が溢れてしまう。そんな耳慣れた本曲もALラストに配置されると一層壮大かつセンチメンタルに響く。「シングル曲がアルバムに並ぶ事による再解釈」という意味では特に『星瞬〜Star Winkに感じる。リリース当初はアニメ映画夏目友人帳のエンディングだった訳で、公開終了後もそんなイメージがあったが本アルバム内ではもはや『QUARTER』全体のエンドロールの役割をなしているような印象がある。

正にエンドロールでありカーテンコールのような一曲なのだろう。何せ目を閉じて本曲を聴くと『QUARTER』の要素をなす全ての曲がズラリと並んで笑ってお辞儀をしているのが見えるのだ。自らは生まれた故郷沖縄に所在する小さな島というパーソナルかつローカルな地点からだからこそ普遍性を持って全世界へのアンセムとして響く『Alive』『Welcome to my island 』も自らの感情の根源を抉ったオルタナティブヒップホップチューン『Do Do Do』『IDENTITY』もまるで自らの歌声そのものを形容したかのようなAngel Voiceも、まるでコロナ禍で人の音楽に求める感情の在処をシンプルなアレンジに閉じ込めた『KOMOREBI』『homesick』『星瞬〜Star Winkも、更に未来のインターナショナルなグローバルポップスのスタンダードナンバーとなる可能性を秘めている『KAKKOII』『CRAZY WORLD』『VOLTAGE』全てはこの曲の元に肯定性に導かれていくような感覚がある。

Final PART.アイデンティティの欠片】

この新譜リリース直後の1週間、ライブ以外の新譜プロモーションという意味でAnlyはどんな活動をしていただろうと考えた時に、インタビューなど以外でもSNSでのアルバム単位、曲単位での感想をRTしまくったりその音源のリスニング・パーティーやったりと他アーティスト以上にかなり精力的に行っていることがわかる。というか、これ以上ない最高のプロモーションなのにメジャーレコード会社所属のアーティスト達は全然やらんの本当に不思議に思っている。彼女のこうしたアティテュードは非常レアな事でインディーズバンドやSSW、或いはインディーズ映画などではよくある事なのだが、そこはポリシーが邪魔するのか確固としたプライドがあるからか、もっと大人の事情があるからか、その辺りのなのか分からないが、一旦メジャーデビューしたアーティストがこういう活動しているのを目にする事は滅多にないのだ。もっと言えばインスタライブだってそうじゃないか。Anlyほどあそこまでガチでオリジナルソングを有料配信にして良いんじゃないかレベルで演奏するSSWはほぼほぼ壊滅状態で、ほとんどの場合ファンからの可愛いだ髪色似合うだのコメントありきで「え〜、ありがとう💓そんなこと全然...」だなんだかんだ抜かして実はそれ目的だったくせに、配信者本人の承認欲求を満たす為の「単なる鏡」となっている人が多いのが関の山だ(これは一般論だから個人攻撃じゃございません、むしろ集団攻撃です💀)。その意味ではリリース当日の夜にYouTubeで開催したあのリスニングイベントなどは極めてレア中のレア。メジャーデビューしたSSWでありながらあくまでインディペンデント精神を忘れない、極めて絶妙なバランス観かを持ったアーティストであると言えるだろう。

このAnlyの「インディーズ・スピリット」については大いに語る余地があると思うし、まだまだ比較対象など検証していく必要が十分にあるので、ここでとどめておく。

  ではでは、最後に今月末から開催されるこのキャリア史上最高傑作『QUARTER』を引っ提げたループペダルオンリーのパフォーマンスツアー『LOOP Around the World vol.4〜QUAETER tour』について少し触れておきたい。私個人としてはループペダル形式のツアーは昨年のvol.2と3年前のvol.3に参加しているが通常のバンド形式や「いめんしょりツアー」と称されるギター弾き語りオンリーのツアーでのライブとはまた一線を画して物凄い可能性に満ちたツアーであると考えている。音源で聴き慣れた曲がとめどなく壮大な曲としてしたり、その曲の再解釈にとどまらず新たな展開をもトリガーするいわゆる「大化けツアー」。例を挙げるとこのツアーで初めて聴いてドギモを抜かれたのが『Do Do Do』『KAKKOII』であったりするし、前作『Sweet Cruisin‘』にも収録された『DAREDA』はループペダルでのパフォーマンスが音源で聴く印象を遥かに超えた物凄いグルーヴ感を生み、壮大なエモーションを導き出したバケモノ曲と変貌したのだ。正に「Who  are you?」という自問自答の更にその先の光景があるのかもしれない....そう、ここまで書いてお気づきだろうか?

 恐らくは今回『QUARTER』の中核をなすと断言して良い新たなるオルタナティブ・ヒップホップの金字塔曲『IDENTITY』への着想が、もっと言うならばそんな「アイデンティティの欠片」が意識的に、或いは無意識的にも既に存在していたのではないだろうか?

 そう、もはや数々の彼女が抱えた13もの、いやもっと多くの風船達はアイデンティティを抱えて飛び立つ準備をしていたのだと思う。そうしてこれらの13もの赤や青やら緑などのカラフルな風船達は可視光を超え空へと飛び立ち、やがて上空彼方を超え、宇宙へ、夜空へ、そして銀河系へと行き渡り、まるで星のparticle(微粒子)たちが瞬くように輝き始める、そんな瞬間こそがあるからこそ私たちはAnlyの歌をパフォーマンスを体感しにいくのかもしれない

そんなことを思いながらも、今回のアルバムツアーでもAnlyのみならず、そして我々オーディエンス達もそんな「アイデンティティの欠片」たちがどの曲のどのパフォーマンスに見出せ、どんな形で変貌を遂げ、そして、どのような形で飛び立つ事ができるだろうか?もう今からもう既にそんな期待値が高まっている
ふと、そんな事を夢想しながらこの前後編合わせて17000字以上にも及んだ*1本記事にそろそろピリオドを打とうと思っている。

 

オールクリアを踏めばバックトラックは一瞬で消えるけど

本当に最高のグルーヴは一生記憶にバンクされる

ーAnly (1997/1/20 〜シンガーソングライター)

 

 

*1:因みに本ブログ72記事中最高字数にも及んでいる。

#Anly アイデンティティの欠片を求めて〜 日本の音楽史上最高超絶大傑作『#QUARTER』爆裂レビュー Side-A(🎈編)『Alive』~『Homesick』まで

PART 0. PRESUPPOSITION

 2022年10月12日、控えめに言っても日本のポップ・ロック史を塗り替える勢いの超弩級の物凄い傑作が誕生した。


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この、沖縄・伊江島から上京してきて10年に満たないキャリアの25歳のシンガーソングライターが、破格値の超が1000000000個以上ついても足りないぐらいの超絶大名盤を誕生させた。サウンドプロダクションがバキバキにキマッた『IDENTITY』『Do Do Do』も、アレンジ、メロディともに多幸感に溢れた『Saturday Kiss』『KOMOREBI』も共存しているものの、全く散漫な印象も受けず「Anly 」という音楽家のエッセイの如く自然に共存している腰の据わった音像群たちの佇まいに舌を巻くばかり。正直、『KOMOREBI』『Homesick』等穏やかな曲の配信リリースが続いたのでこれらの楽曲にメッセージアンセム『Alive』で締めくくる、といった風な極々当たり障りのない純粋なポップス・アルバムを予想してたので(まあそれでも十分に完成度は高いんだけど)ここまでSSWとしての自己のスタンスと世間へのステイタスに関して本音をぶちまけた重厚なALが完成するとは大変な驚きであった。まずはこの一曲目『Alive』という正に地元沖縄でのあるエピソードから世界へと向けたピースフル・アンセムから『Do Do Do』や『IDENTITY』『KAKKOII』などのライブ映え必須の攻めに攻めたバキバキに尖ったヒップホップ曲から、Anlyの真骨頂とも言える『カラノココロ』『VOLTAGE』のようなライブクライマックス映えするようなど定番曲のみならず、『Welcome to my island』『Crazy World』などの新境地開拓チューンから『KOMOREBI』、『Homesick』『Angel Voiceなどここ最近ライブ等でも披露された心のオアシスのような優しさ溢れる楽曲から、絶望も悲しみも喜びも希望も全部ないまぜにしたからこそ長編映画のラストシーンで捧げられる多幸感溢れる花束のような凛とした美しさを讃える『Saturday Kiss』もあり、そしてそんな物語のクライマックスを経てラスト『星瞬〜Star Winkのエンドロールのような崇高なまでの美しさにただただ酔いしれるケチのつけようがない素晴らしいアルバムに出会ってしまった....当然一回聞いただけではこのリスニングは終わりを告げることはない。

そう、無意識のうちに一曲目『Alive』からリピートしてしまうというこの回帰性を余儀なくさせるのだ...これは正に2ndアルバムのタイトルや今月末から始まるツアーシリーズのタイトルではないが正にLOOP必須なアルバムである。
 もうこれはハッキリ言って彼女がこれまでリリースしてきた3枚のアルバムの熱量を遥かに超えているばかりではなく、日本の音楽シーンのスタンダードを塗り替えるべき最高の音像であると断言して良い。 

そういえば『KAKKOII』の中の一節に

時代がまだまだ追いついてこない

少し癖があるくらいがちょうどいい

とあるが、このフレーズを数年前ぐらい初めて聴いた時のニュアンスがかなり変わってないか、とふと思う。当初本フレーズに触れた時に思っていた「一人のSSWとしてのリアリティありるフレーズ」というニュアンスがあったが、先月シングルとして聴いた時にはどこかもう一歩進んで「アイロニカル」なニュアンスで響いたものだし、そして今回アルバム音源として聴く本曲の本フレーズはむしろシニカルにそのフレーズを笑い飛ばせる来る次元にまで陥るようになってきたではないか。まあ何だか回りくどい言い方するのもアレなんでもうハッキリと断言しよう。

とうとう「Anlyに時代が追いついてきた」のだ。

 繰り返しになるが実力派SSWであるAnlyが満を辞してリリースするのだから珠玉の自信作になるだろうなとは思ってたけどここまで心に残る超絶大名盤になるとは思わなかった。しつこいくらいに言うが今まで彼女がリリースしてきた3枚のフルALを遥かに超えるぐらいのキャリア史上最高傑作なのだ。

....ということで本記事ではそんなAnlyの傑作『QUARTER』の誕生を祝して全曲を独自の視点からレビューしていきたい。

 まず、本章に入る前に、本アルバムの全体像を定義すべく前提として曲構成から検証してみようと思う。

当然ながら本アルバムは13曲である。

Definition;『QUARTER』の構成

そしてこのアルバムに関して本記事独自の視点として、実はコアな曲のテーマレベルで「7曲構成」になっていると仮定したい。

..........というのを聞いて「は?13曲だから13曲構成じゃん。」と思われるかもしれないがよく聞いてほしい。

各々の曲構成を1-2、3-4、5-6、7-8、9-10、11-12とペアにしてラスト13をエンドロールとした場合、驚くほどテーマ別に7曲に分かれるのである。これがアルバム並びに本記事の構成である。

Original Definition;『QUARTER』の構成

この定義を詳細に検証すると、1曲目と2曲目における彼女の出生地「沖縄」或いはそこにいる祖母という彼女の出生地に起因するものから最終的にグローバルなメッセージを送る【ローカルから世界へ】パート、3曲目と4曲目はどちらもある種ヒップホップ要素ありのバキバキ攻めモードで彼女の中にある怒りが根源となっているオルタナティブ•ヒップホップ】パートから構成され、5曲目と6曲目は穏やかかつ神聖な気分にさせる曲で構成されて【エンジェルからの奏でと癒し】パート、7曲目と8曲目はこれまでのAnly曲としてというよりJ-POPの枠組みを超える新境地となるサウンドプロダクションとなる【グローバルポップスから未来へ】パート、更に9曲目と10曲目では原点となる既存曲のリミックスと特に前作以降顕著なAnlyの必殺技とも言えるアンセム性を感じさせるその世界観から構成されているNARUTOから BORUTOへ】パート、そしてクライマックスとなる11曲目と12曲目では日常的な光景にほのかに彩りを添えるポップスとして昇華させた【日常を彩る光と花束】パート、そして最終曲では全ての楽曲が銀河系に散りばめられる惑星のような肯定性に導かれるような【星空を潤すエンドロール】パートで締め括られる構成なのだ。このように定義するもう一つの理由はフルアルバムサイズ13曲あって尚且つアレンジもガッツリ濃いのにもの凄く速く感じるのだ。だからミニアルバム的な曲数で飽きさせずに最後まで聴かせるストラテジー的な理由があったりするのではなかろうか、と思っているのだが深読みすぎるだろうか。

そこで本記事もこの構成に即した形で章立てて論じていきたい。

アイデンティティのかけらを求めて〜

Anly 、キャリア史上最高超絶大傑作『QUARTER』爆裂レビュー』

Side-A(🎈編)

PART1.【ローカルから世界へ】

1. Alive

2.Welcome to my island 

PART2.【オルタナティブ•ヒップホップ】

3. Do Do Do

4.IDENTITY

PART3.【エンジェルたちの奏でと癒し】

5. Angel Voice

6. Homesick

 

Side-B(💫)

PART4.【グローバルポップスの未来】

7.KAKKOII

8. Crazy World

PART5.【NARUTOから BORUTOへ】

9. VOLTAGE

10. カラノココロ(Matt Cab&MATZ remix)

PART6.【日常を照らす光】

11. KOMOREBI

12. Saturday Kiss

PART7.【星空を潤すエンドロール】

13. 星瞬〜Star Wink

FINAL PART.【アイデンティティの欠片】

 

PART1.【ローカルから世界へ】

1. Alive

★『Alive』 MV


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高らかに一曲目を飾る本曲。コロナ禍で音楽活動が自由にできない状況に対して「諦めるな」と彼女に勇気づけた92歳の祖母*1がキッカケとなって生まれた曲だと言う。それにしてもこの曲のMVは見れば見るほど味わい深い。2:31辺りから伊江島の住民達が彼女を囲っている。だが、ここで肩を寄せ合いシンガロングしたりする画は他のMVなどでもよくある光景なのだが、敢えてそれをしないのは「声を出せない」コロナ禍以降のライブの現状の有り様をリアルな映像作品として刻印したかったのだろうか。だが「魂の声」は力強く聴こえる正に「静寂のアンセム」と呼称するに値する曲であろう。そんな中、Anly は高らかに以下のように歌いあげる。

I will fight till the end Night is coming to an end

と...この部分を見てふと、70s以降に活躍したあのThe Queenが発表した勝利のアンセムWe Are the Championsにおける

And we'll keep on fighting 'til the end

という一節を思い出したりもする。*2

QueenWe Are The Champions


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このアンセム性についてもう少し語りたい。Anly が他の同世代かそれ以上の30代前後のSSWと一線を画しているのは【アンセム】を生み出せる強さに他ならない。過去の歴史的な過ちを平和への祈りへと昇華させ『Alive』と言うKeywordに添えて全世代に響くメッセージソングとして壮大に歌い上げる強さは彼女にしかなし得ない高みが内在しているように思う。本曲こそこのAlbumとそれに連動して続くLATW vol.4のツアーを扇動する起爆剤となるだろうという予感は本曲リリース当時から少なからずあったものだ。それにしても【命を鳴らせ】という力強いメッセージを内包する一方、どこか本MVから滲み出る素朴さの所在は何だろう?
 恐らく過去配信曲同様「かけがえなき日常」に光を当てる側面が本質的に一貫しているからかも。風船が様々な人に渡っていく様はまるで素晴らしい音楽が人の心に染み渡っている光景と重ね合わせることができるのかもしれない。

2. Welcome to my island 

タイトルの響きからどこか『OKINAWA SUMMER STYLE』だとか『TAKIN’MY TIME』などのような牧歌的な【人生そんなに急ぐ必要はないさ、ゆっくりやってきな、なんくるないさ】なニュアンスを想起させ実際それらに近いバイブスがあるが大きく一線を画している事に注意したい
確かに冒頭のゆったり目のイントロだとか出だしのサビの英語詞の感じからそれらに違い雰囲気を醸し出しているが前の曲『Alive』からの流れを継承してか、或いはここ最近のウクライナでの状況など殺伐としたニュースが蔓延る世相を反映して極めてメッセージ性の高いものとなっている。

それを証明する為に以下、本曲の歌詞の一部をあげよう。

ミサイルを全て花火に
胸撃ち抜くのは音楽に
変える魔法のタクトを握りしめて立てば
城山も世界一高い指揮台 
問題山積みでも
優しいデモ ピース掲げよう
宇宙から見ればみんな島人(しまんちゅ)
悲しみにピリオド
綺麗事でも

【平和を希求するメッセージソング】そう言ってしまえば容易いが過去Anlyは時に世相に対するメッセージをかくも強い言葉によってポップソングとして音像に閉じ込めた事は極めてレアなのではなかろうか。いや、思い当たる節があるとすれば自らの高校時代に【茶髪が地毛であっても黒髪に染めなければならない】という理不尽極めまりない「ブラック校則」によって自らのアイデンティティをズダボロにされた経験を【わざわざ揃えなくても十分世界は美しい】というAnly必殺技フレーズの元収束させた『MANUAL』ぐらいではないだろうか?そう考えると攻めに転じた曲は他にもあるし『QUARTER』ほど歌詞のみならずサウンドともども攻めたアルバムであると断言できる。
こうしたサウンド・リリックの両サイドにおける「攻め」の姿勢は次曲『Do Do Do』『IDENTITY』などのよりエモーションにエッジがかかった先鋭的な歌詞と音像を伴う楽曲群へと綺麗に引き継がれていく。

 

PART2.【オルタナティブ•ヒップホップ】

3. Do Do Do

この曲については散々過去記事で論じているので改めて論じる必要もないのかもしれない。

私は過去記事にて以下のようにこの曲について語っている。

nenometal.hatenablog.com

『Do Do Do』from "Loop Around The World"

2020年10月18日ぐらいだろうか、古くからのAnlyファンにとっても、関ジャム出演以降のファンにとってもまさに発火装置に起爆剤を打ち込むようなと物凄いlive videoがYouTubeに降臨した。


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そう、去年の『Loop Around The World』ツアーのライブ映像から、Anlyにしては珍しいくらいの「人との対人関係において愛想尽かした時の怒り」に根差した最強にライブでは盛り上がり必須のゴリゴリのヒップホップ曲『Do Do Do』のライブ映像が満を辞して大公開されたのである。

もうここでは何も言わずとも、もう見て頂ければ一目瞭然であるが、多重に及ぶギターから、リズムから、ファンキーなコーラスから、突き刺すようなライムから、観客の熱狂から、何なら彼女のイヤリングの揺れ方に至るまでもう一瞬たりとも無駄がない。Anly のループペダルはトラックを綿密に構築しつつも、そのプロセスを魅せ、更にそれら全部放り出してまでも観衆の心のど真ん中を射抜くダイナミズムがある。

 特に3:50辺り〜の真っ赤に染まった照明からこれまで構築してきたバックトラックをフロアの歓声とともに大爆発させた瞬間が凄まじくて、思わず喜怒哀楽どれでもない涙が溢れ出てきたものだ。このライブパフォーマンスは幾度も生で拝見したことがるが、この動画レベルにおいても我々は音楽を、そしてliveを卒業できない全ての理由が存在するのを確信すると言っても過言ではない。本動画は紛れもなく音楽の神、或いは過去のロックレジェンドの亡霊が降臨させた瞬間を捉えた凄まじいライブドキュメントでもある。

そういえば、『関ジャム』出演者の誰かが言ってたが、あのエド・シーランのカバー以上に、これこそが世界に通用するレベルのパフォーマンスであるといえよう。この動画視聴者数が「100万閲覧を突破した」の意義が大きいのは、大型タイアップの力でも、「関ジャム」が宣伝した訳でも、コロナ禍でのスペシャルなLIVEでもなく、去年のツアーの一部を切り取ったLIVEが日常の光景だった頃の動画である事だと思う。

【これは過去の光景ではなく、来るべき未来の姿である】
そんな彼女からのメッセージが聞こえてくるようでもある。
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さて、今こうして我が文章を振り返ってみてもなんと暑苦しい文章だろうか、と思わざるを得ない。でもこのアルバムではこの当時の『Do Do Do』のこの感想を更に上回るほどパワーアップしている事を考えると、まだまだこの曲にも伸び代がったのだと言う事に驚きを禁じ得ない。この観衆の熱狂も動画サイトのバズりも手にしたあのロックダイナミズム溢れるループペダルのパフォーマンスがDCコミックスのヒーローワンダーウーマンの通常のアメリカンカラーを主体とした戦闘スーツのバージョンであるとするならば、この『QUARTER』における『Do Do Do』はそれに孔雀をも思わせるような豪華絢爛な翼をつけてゴールドのヘルメットを纏ったいわばゴールドアーマーを身に付けたワンダーウーマンの如く超重装備のバキバキのアレンジでパワーアップしている。本バージョンにはMVが存在し得ないので中々説明は困難を極めるが、音源をお持ちなら3:30辺りにおいて、なんとサビが転調するのである。個人的に転調すると割と感動する方なのだが、ここまでシンプルなメロディかつ緻密なアレンジなのにまだギリギリのところを攻めていくような妥協のなさを感じたりするのである。

因みにAnlyの過去の楽曲群では『Distance』のサビの転調が絶品だと思ってるが今回あれ以上の驚きと感動があるような気がする。*3

*参考;左が通常モードのワンダーウーマン、右がゴールドアーマー仕様のワンダーウーマン。今回のアルバム収録版の『Do Do Do』はこれぐらいパワーアップして進化している。

4.IDENTITY

ハイ、きました。初聴きから魂震えるぐらいこのアルバムばかりかAnlyが過去にリリースした楽曲でも私的フェイバリットNO.1じゃないかってくらい大絶賛の本曲。もうこの『IDENTITY』が掛け値なく素晴らしい。それにしてもAnly という一人の音楽家として、他のSSW含め「自己の表現が世間にいかにコミットしていくべきか」をここまで曝け出した曲もレアではなかろうか。あまりにも素晴らしいのでこの辺りのリリックを一部引用しよう。

当たり障りのないリリックで

どうもすいません。

脳裏に浮かぶのはいつも

「海・山・星・空」

どうやってもポジティブに辿り着き

初期設定は都会の風には

バグらないらしい

羨ましい情報 

苛立つのも上等 

全部栄養 Eh Oh フレディのようにフリーに

音楽はジャンルレス

強いて言えば私の名がジャンルです

THat`s Cool

悩むのも仕事SSW

Let’s Go!

そう、本曲を聴いてふと思い当たる曲がある。前作『Sweet Cruisin'』に収録されていて、比較的明るい曲調の多いあのアルバムの中でもどこか内省的な歌詞とサウンドで、ある種の「核」として個人的に捉えていた『DAREDAの存在である。あの曲は10代の時に鏡の中の自分を見つめ「自分のアイデンティティーとは何か?」を問いかけたというあの曲の最後の最後に不安げに「Who are you ?」と自問自答したその答えがようやく以下の

強いて言えば私の名がジャンルです

という超必殺フレーズとして結実した瞬間を『IDENTITY』に見たような気がする*4

★『DAREDA』Official MV


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PART3.【エンジェルたちの奏でと癒し】

5. Angel Voice

そんなヘヴィーなオルタナティブ・ヒップホップチューン『IDENTITY』からの、この、Angel Voiceである。正にタイトルの如く天使の羽衣に取り囲まれるかのような美しき歌声に包まれるような感覚、というかAnlyと言うSSW はこの辺りの振っ切れ方がほんと凄すぎる。しかも違和感というものが全くないのがAnlyというシンガーに内在するオリジナリティの所以なのか。本曲にはMVというものが存在しないのでAnly自身の声に対してもしばしば形容される「天使の歌声」について検証してみようと思う。

以下は5年前のイベントにて『The First Noel』を歌唱している時の模様である。


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そしてこちらは記憶に新しいがAPAN RUGBY LEAGUE ONE 2022(決勝 東京サントリーサンゴリアスvs 埼玉パナソニックワイルドナイツ)での国歌斉唱での様子である。2:58~辺りからの「天使の歌声」に注目である。*5


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いずれにしても音楽の振り幅はさながらボーカルの振り幅と比例することが分かる。先ほどの『IDENTITY』でのピアノ線を張ったようなキリキリに詰めたボーカルとは打って変わったファルセットの美しさに思わず神聖な気分になるのは私だけではないだろう。そして本曲でも半3:30辺りからくる怒涛のストリングスアレンジはまるでディズニーか何かのミュージカルアニメのクライマックスシーンのようなドラマチックぶりに圧倒される。そして、そんな物凄いストリングの嵐のような音像の洪水の後にも以下のようなマニフェストがあるのを見逃してはならない。

Can you hear Angel voice?

変わらぬ思い時を紡いで歌い続ける

と歌い手としての赤裸々な思いがマニフェストされている、ある意味静謐ながらも強い彼女の意志が見受けられる、ある意味本曲も隠れた『IDENTITYソングではないだろうか。

6. Homesick

★『HomesickOfficial MV
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また本曲に関しても過去記事で詳しく論じているので参照にされたい。

nenometal.hatenablog.com

この『Homesick』、パッと聴きそう派手さはないものの様々な要素を内包している曲だと思う。

どこかアレンジの洗練性は言わずもがな、どこかメロディに泣きの要素もあったりどこか地元沖縄を思わせる感じもしたり、全体としてグローバルなポップスであらんとする意識もしっかりと見え隠れするのだ。いわば、「コンテンポラリーなR&B要素含んだJ-pop」といった趣のいろんな要素を含んだ楽曲だといえる。

そしてJ-popといったが、Anly 『Homesick』のイノベーションは既存のJPOPが洋楽コンプレックスかれ見よがしに英語を紛れ込まれるものが多かったのだが、日本語もしっかりと言葉として組み込まれている。

*6

 

..アイデンティティの欠片を求めて〜 #Anly 、日本の音楽史上最高超絶大傑作『#QUARTER』爆裂レビュー Side-B(💫編)に続く。

nenometal.hatenablog.com

*1:おそらくAnlyのデビュー当時からのプロデューサーであるNash氏の母親

*2:個人的に「I’m back on my feet now」の部分のメロディだとか後半の「Still Alive」のコーラスの辺り凄くツボ。

*3:本論から外れるが『QUARTER』の楽曲群は以前にも増してどの曲もメロディがシンプルに研ぎ澄まされている気がする。特にサビメロ。ビートルズで言えばポール・マッカートニー的なポップセンスに近いのかなとふと。

*4:因みにぱっと歌詞を見るにつけ、マイケル・ジャクソン『Man in the Mirror』へのAnswer Songだと思う向きがあるかもだが、もうそれ以上の衝撃だった。

*5:TV観てないから分からんけど日本の音楽業界担うdivaが国歌斉唱してるのにCMで断絶したらしい。まあ音楽が盛り上がらなければならないのはこういうところだと思う。

*6:「木漏れ日のような 幸せを見つけていきましょう」というフレーズ聴いて思い出したのがSaika『不敵な迷子』の「良いものは少しで良い植木を一つだけ磨いた」両曲ともども喧騒の毎日から心の安らぎを求めようとする歌詞世界。これらはポストコロナへ向けた希望の歌だと思う。

「好き」に勝るものはない〜『#さかなのこ』( #のん 主演、#沖田修一 監督)ネタバレ爆裂レビュー

「好き」に勝るものはない〜『#さかなのこ』( #のん(能年玲奈) 主演、#沖田修一 監督)爆裂ネタバレレビュー

*1

1. OVERVIEW🐟

2.Two Aspects🐠🐡

3.Focus🐡🐠🐟

A.キャラクター・作品論

B.演劇論

4.MUSIC🐡🐠🐟🐙

1.OVERVIEW🐟

 本ブログ記事は、のん主演・沖田修一 監督による今年ナンバーワン傑作の呼び声の高い『さかなのこ』を2度に渡って鑑賞した末の極々個人的主観に基づいた爆裂レビューである(てかいつもだろw)

 ϵ( 'Θ' )϶『さかなのこ』(2022)予告編


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『さかなのこ』brief story

毎日魚を見つめ、その絵を描き、食べ続けても飽きないほど魚が大好きな小学生の“ミー坊”。わが子が少々変わっていることを父親が心配する一方で、母親は彼を温かく見守り応援している。高校生になっても相変わらず魚に夢中なミー坊は、町の不良とも仲が良く、いつの間にか周囲の人々の中心にいるのだった。やがて、一人暮らしを始めたミー坊(のん)はさまざまな出会いを経験し、自分だけが進むことのできるただ一つの道を突き進んでいく。

sakananoko.jp

と言うストーリーなんだけど、これは観た者にしか分からない不思議な感触の作品だと断言して良い。このさかなクンの役をのんがミー坊と言う役名で演じてるのだが決して再現VTRみたいなニュアンスもなくもっと自然に物語に入り込めるし、無輪ミー坊と言うのが男の子(男性)ではあるんだけど演じてるのがのんという女性にも関わらず違和感にカケラもないのだ。それどころか逆に性別の差をニュートラルにした事で一途に「自分の好きなこと」を続けようとする一人の男でも女でもない【さかなのこ】と言うピュアな人物にめちゃくちゃ感情移入できるのだ。結論から言うともうこれほどめちゃくちゃ笑えて、めちゃくちゃ泣ける作風でもある。あとTwitterで誰かが書いてたがほんと舞台演劇を観ているような気分になる作品だと思う。これは主演のんをはじめとする役者陣の魅力的な演技と構成によるものだろうがこの辺りはいずれ詳細に後述したい。

「のんさんがさかなクンとはまたまた突拍子もねえ役やってるな」ぐらいの認識で軽い気持ちで鑑賞に挑んだが、只者じゃなかった。
もともと私自身のんさんの女優としての力量であったり、創作活動へのリスペクトも多分にある、「のんファン」の一人でもあるので元々期待はしていたのだが、その期待の1億倍以上は面白かった。彼女の演技の天才ぶりが最高に遺憾無く発揮されあるし、あともう全キャストがどハマりの超絶感動感涙爆笑の傑作ではないだろうかとも思う。もう褒めまくりである。

では以下主なキャスト(と言ってもこれじゃ足りないぐらいなのだが)を紹介していきたい。

Main Characters

🐟ミー坊(acted by のん)

子どもの頃から魚好きであり、何事にもひたむきであり、そのせいか時に何もかも見えなくなってしまう、愛すべき主人公。将来は「さかな博士」になりたいと願うものの...。

 

🐟ミー坊・子ども時代(acted by 西村瑞季)

水族館には毎週行くのを楽しみにしている子供時代のミー坊。その帰りにお母さんに買って貰った「魚貝の図鑑」は肌身離さない一生の宝物。でも雨の中読むと本がボロボロになっちゃうよ。

 

🐡ギョギョおじさん(acted by さかなクン)

「魚の研究」に勤しむ本人いわく昔は金持ちだったらしい謎のおじさん。ミー坊以外にとってほぼほぼ不審者として小学生連中に知られている(笑)あと本作には彼に関して超絶衝撃のシーンがあったな。

 

🍳モモコ(acted by 夏帆)

ミー坊の小学生時代からの同級生。子供の頃しっかりしてる風だったが、大人になって色々あってかスナックでホステスとして働いていたこともある。現在一児のシングルマザー。

 

🐕ヒヨ(acted by 柳楽優弥)

彼もモモコと同様にミー坊の小学生時代からの同級生。案外真面目でストイックな一面もある。本名とは裏腹に「狂犬」の名でツッパリ仲間から恐れられていたが...。

 

🛵総長(acted by 磯村勇斗)

彼が出てきた瞬間なんとなく弱....いや「優しそう」「人が良さそう」な雰囲気がビシビシ伝わってくるヤンキーのリーダー格。観ていくうちにある意味ミー坊をリスペクトしてるのかもしれないと思ったりして。

 

🦑籾山・カミソリ籾(もみ)(acted by 岡山天音)

ミー坊とは別高校にいるふと出会ったマイルドなヤンキーのリーダー格。そう強そうには見えないから知性派ヤンキーなのだろうか?網目の入ったシャツがトレードマークだがこれが思わぬ将来への伏線に。

 

🐙ジロウ(acted by 三宅弘城)

ミー坊の父親。ミー坊は魚を愛してる割には案外ばっさりと魚を絞めたり捌いたりするのだがあの思い切りの良さは彼の遺伝子を受け継いでるのかなと思ったり、件の🐙のエピソードを見てつくづく思う。

 

👒ミチコ(acted by 井川遥)

ミー坊の最高の理解者である実の母親。時に優しく、時に強く彼を守ろうとする姿勢は泣ける。ミー坊がずっと「魚好き」を続けられたのは紛れもなく彼女の子育てへのこだわりにおかげだろう。最高かつ理想の母親像なのかも。

こうしてメインキャラクターをざっと挙げただけでもミー坊子役の焼きタコの食らいついて離れなさっぷりから、

ヤンキー一派の青鬼の無駄に緻密なナイフ捌きから、
放任主義とは違うミチコの大海原を包み込む波のような優しさから、
理髪店前にいるあのそっけなさすぎるタバコ店主から、
一時期流行った「マイルドヤンキー」ではなく本当に「マイルド(穏やか)なヤンキー」を演じ切った岡山天音とか、あとは演出レベルで言えば、全体的にトーンは穏やかなのに妙にリアリティを突き止めたタコの造形とか......もう上げればキリがないが、もう全てが魔法がかかったように魅力的なのだ。
そして最も重要なことだろうが、更にそれら全てを一つの物語が成立するように我々を導くミー坊を演じるのん(能年玲奈)の瞳の輝きの説得性たるや.....これ程爆笑しつつも感涙しつつもまた爆笑しつつも感涙しつつもみたいなrecursive(回帰的)な感情の浄化を促す映画作品があっただろうか?
次の章では本作での二つのAspectについて述べていきたいと思う。

2.Two Aspects🐠🐡
本作には二つのAspect(側面)から成り立っている作品だと思う。まず一つは至っては冒頭でも、或いはパンフレットでもバーンと出てくるように

男か女かなんてどっちでもいい

と言うキャッチコピー。
そしてもう一つはストーリー全般で貫かれている

好きなものを続けていくことの重要さ

と言うテーマである。
前者に関しては、過去ののん関連作品では、コミカルテイスト込みのジェンダーレスな登場人物が出現すると言う意味は、一昨年と今年の夏に出演していた渡辺えり主催の舞台演劇『私の恋人』での成果が結実していると思ったし、後者のテーマに関してはのん自身の監督作品『Ribbon』(2022)での【(アートは)ゴミじゃない】というテーマとの地続き感があったようにも思えるのだ。ちなみに不良たちが喧嘩してぶつかり合うシーンでミー坊だけがカブトガニを抱えてヒョコヒョコ歩いてい久野だがあれまさに『私の恋人』で得たコミカルな演技の賜物だと思ったりするし、Ribbon』平井さんの「”何やってんだよ”じゃないよ、ずっと絵を描いてたんだよ!!」て死ぬほど沁みる台詞があるが『さかなのこ』の母による「広い海に出てごらんなさい」に匹敵する名台詞である。*2そして今回そういう2つの側面が融合された最も最近の彼女のワークが総合化され結実した成果がこの『さかなのこ』に見出せるような気がするが如何だろうか(あと本編中「ギョギョギョ」と言うセリフがあるが、これはさかなクンのある種代名詞的なキャッチコピー。彼女の存在を一気にスターダムに押し上げたあの朝ドラでの「じぇじぇじぇ」に似ているのだ。もしかしたらのん主役抜擢の決定だったりして)。*3

渡辺えり主催のオフィス3OO舞台演劇『私の恋人』*4


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 ❷『Ribbon』(2022)予告編


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更に過去の映画作品とのシンクロでいうと2010年に公開された荻上直子監督『トイレット』での

「みんな、ホントウの自分でおやんさい」

と言うキャッチフレーズであるとか、最近では『ディスコーズハイ』の

「その『好き』が才能」

と言うフレーズとガッツリとシンクロするのだ。てか「その『好き』が才能」て『さかなのこ』のキャッチフレーズ以上にメッセージを要約してる気がするのだが。
 とにもかくにも、『さかなのこ』も上記の両作品共々エンターテイメントとしてのベクトルがとても近い系譜に位置していると思うので好きな人は全てハマるだろう。

実際全てにハマっている私がそう言うのだから間違いない。

❸『トイレット』(2010)予告編*5


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❹『ディスコーズハイ』(2022)予告編


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3.Focus🐡🐠🐟

A. キャラクター・作品論

確かに本作品はのん自身のキャラクターだとか、「さかなクン」自身が持つあのリアルとファンタジーを彷徨うような「取り止めのなさ」を上手くのん自身に内在している「不思議ちゃん」なキャラクターとがうまく融合し調和した事も大きな要因だろう。
ラスト付近のあのテレビ番組に出て大騒ぎする所なんかさかなクンの幻影がのんに乗り移っていたもんな。あれは鬼気迫るほど凄かった。
あと、先にも触れたが他のキャラクターもどハマっていたことも大きい。
特に井川遥さん演じるミー坊の母親ミチコによる以下のセリフを以下で引用する。

「何でも好きなことはやりなさい。」
「あの子は魚が好きで、絵を描くことが大好きなんです。だから、それでいいんです」
「成績が優秀な子がいればそうでない子もいて、だからいいんじゃないですか。みんながみんな一緒だったら先生、ロボットになっちゃいますよ」
「ミー坊、広い海に出てみなさい。」(あ、全てうろ覚えですw)

などの全てのセリフがとても暖かくて優しくてどこか信頼に満ちていて見終わった今でも思い出しては泣けてしまう。
井川さんは本作の最優秀助演女優賞だと思う。
しかも場面によってはのんに表情がふっと似てたりするのだよね、普段井川遥さんとのんさん自体「美人」という共通点を除いてそんな似てると思わないんだけど。
それにしてもラスト付近の「ミー坊、私は実は魚が苦手なの。お父さんもお兄ちゃんも。」って台詞はもう爆弾発言レベルでドギモ抜かれましたけど💣ちなみに母ミチコがさかな嫌いと知ってから彼女がさんまの塩焼きや子魚の唐揚げを食べている場面をもう一度観ると「魚が苦手なんだけど無理して食べてる。でもミー坊にはそれを悟られないようにする」という超難易度の高い表情を的確にこなしているのに驚きを隠せない。本当にそう見えるもの。

再鑑賞する人は是非あれは再確認して欲しい。

その他、共に絡むことはないけれど『ビリーバーズ』で狂気と迫真の演技を見せてくれた磯村勇斗宇野祥平の例の宗教信者コンビが180度感触の違う役どころを演じてたしで、特に磯村氏に至っては彼だと気づくのに時間がかかったほど。あと先に触れた個人的には『テロルンとルンルン』の引きこもりのナイーブな青年が印象的だった岡山天音氏がマイルドなヤンキーだったし『四月の永い夢』での名演が印象的だった朝倉あき氏もこれまた今回はめちゃくちゃ短い出演だったが、ローカル番組のアシスタントのアナウンサー役というドンピシャのピッタリの役で出てたのも何だか得した気分だった。

❺『四月の永い夢』(2018)予告編


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❻『ビリーバーズ』(2022)予告編


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❼『テロルンとルンルン』(2021)予告編


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2回目は他の登場人物、特にモモコ(夏帆)にフォーカスして、彼女の人の愛に飢えているが故に強がってしまう感に涙してしまった。あの割と千葉県の海など存在し得ない事を冷静に親友に教えていた少女時代を経て、あれからどんな人生を歩んで、なぜミー坊と家族になる事を諦めるような決断をして、その後どうなるんだろうなど色々考えながら観ていたものだ。
いやはや、正に本作の描く色んな人生模様は魚図鑑のようだ。相変わらず理髪店前のあの暇そうなタバコふかしてるオヤジの存在の謎は解けずじまいだったがw
そして、そして、最も重要なのは、本作品はさかなクン原作の物語だからもはや彼が主役つっても差し支えないぐらいなのに今までありがちな偉そうに居座る「スーパーバイザー的ポジション」ではなくあくまで映画に自ら参加しつつ魚の生態なのの解説などもしているといういわゆる一キャスト・一アドバイザーとしてのスタンスだったのが彼の人柄の所以というか、本作全体をヒューマニズム溢れるものにしていたと思う。

.....とはいえ、彼の最初に登場してきたシーンで「お魚の話、しようぎょ!」と幼きミー坊ら小学生等に近づいていく様の「不審者」っぷりには少し殺気立ったオーラを発していたのは事実である。しかもさかなクン氏、原作者なのに逮捕されてしまうという異常事態だしで、あれは物語全体に光を与えるべく敢えて狂気を纏った演技に徹しようという気迫の現れなのか!!!というのは半分冗談で、半分本気だったりする。

 

B.演劇論

次に本作はどこか演劇的な魅力に満ち溢れている作品だと思うが、その理由は「笑って、泣ける」「泣きつつ笑える」という様々な感情のコンビネーションが2時間超える時間の中で繰り返される映画にしては珍しい部類に入る作風だと思う。大まかに言うと映画の方が演劇よりも淡々としたトーンで進行していくことの方が多いからだと思うがその点に関して、笑い要素とセンチメンタル要素の両側面から論じていきたい。

そこで、本記事の一つ前のNo2.5 STAGEという劇団による『あくわら』に関する私の記事の中で以下のように演劇における感情論について述べているが過去の私の記事から引用してみよう。

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こちらも演劇特有の【台本だ、台詞だ、リアルタイムで客の目の前で演じている】だと言う限定されたコンテクストが与えられていて、その枠からはみ出さずに生み出される笑いが中心である。これはお笑い芸人がTV番組等で披露するコントとは違って驚くほどストイックなもので、お笑いで出てくるように楽屋ネタやプライベートな話題などに触れる事はほとんど無い。むしろ舞台上のその限定された空間で時間制限すらある事を客席の我々は承知しているからこそ緊張感があってそこから生まれる笑いが舞台演劇を支えるコアになっているように思う。

この緊張感から生まれる笑いとはどう言うものか具体例を用いると、例えば【おじさんが舌を出して「なんちゃって」と言うコンテスクト(前後関係)がある】にしても、いつもニコニコ愛嬌の良いおじさんよりもグラサンで傷だらけのいかにもヤクザ風情のコワモテの男が言う「なんちゃって」の方が格段に笑いを産みやすいのだ。なぜならヤクザ風情+コワモテ+グラサン+キズだらけと言う要素が人々にある種の緊張感をもたらすからである。

そう、『さかなのこ』でどうしようもなく笑いが起きるのは正に本作が極めて「舞台演劇」的である事がわかる。まず、鑑賞者はのんと言う女優がさかなクンと言う男性を演じると言うことで生まれるある種の「コンテクストによる制約」を共有するのだ。この「コンテクスト制約」とはわかりやすく言えばこの人はやもすれば不利な立場に追い込まれるほど冒険的な役どころを与えらているという「緊張感あるチャレンジ」だと思って頂ければいい。いや、この制約があるのは彼女だけではない。総長である磯村勇斗や、カミソリ籾を演じる岡山天音らのコスプレ然としたヤンキースタイルにも同じ様な「コンテクスト制約」が発生する。鑑賞者はこうした枠組みの中で緊張感を無意識にも感じ、ふっとそれが解かれた時に笑ってしまうのだと思う。

 正に引用にある通りヤクザ風情のオジさんに笑ってしまうのと同じ現象が起きるからだと思う。

 では次に『さかなのこ』がなぜこのようにコメディの体裁でありつつもどことなく泣けてしまう「センチメンタリズム」要素が内包されるのかについても演劇的側面で検証したい。

私がこれまでさまざまな演劇を見てきた純粋な演劇における「センチメンタル」要素がどこに散りばめられているかと言う最大公約数的プロセスを書き記すと以下のようになる。

こちらも舞台『あくわら』に関する前記事からの引用である。

【2時間ぐらいの大まかな演劇の流れ】

1.序盤
[笑い要素]
[笑い要素](この数は演目による)
.....

2.中盤
[泣き要素](←new)(この数は演目による)
[笑い要素]....

3.終盤
修羅場[泣き要素]

伏線回収

クライマックス[泣き要素]のみ
[泣き要素]or[笑い要素]混在パターン

4.エンディング[泣き&笑い要素]
カーテンコール💐

例えばこの構図に「さかなのこ」を適合させるとこの構図に驚くほど当てはまる事がわかる。

1.序盤のミー坊の子まで供時代において、特に父親のタコ絞めエピソーなどが象徴するように笑い要素に溢れてている事がわかるが、序盤の終わり際(ほぼ中盤)に次第にギョギョおじさんの家(研究所)にお邪魔するかしないかの家族会議のあたりからセンチメンタル要素が垣間見える。

そして完全に2.中盤になってミー坊がのんになってからの高校時代にも笑い要素は多分にあるものの、三者面談辺り「成績が優秀な子がいればそうでない子もいて、だからいいんじゃないですか。みんながみんな一緒だったら先生、ロボットになっちゃいますよ」発言辺りで少し雲行きが変わってくる。ミチコにおける子供への下手すると甘やかしだとか放任主義のように見えたものがある種の強さだとか拘りのようなものではないかと感じられるシーンなどは象徴的である。

さらにミー坊が大人になって「広い海」へ出てから割と数々の失敗や挫折を繰り返すのだが、この辺りから笑いとセンチメンタル要素とが混在し始めてくる。要するに鑑賞者は笑ったり泣いたりの感情の入れ替えにとても忙しくなるのである。

そして終盤、本作には「修羅場」のような叫び倒すようなシーンはないもののあのモモコがミー坊の家からそっと出ていく辺りから一気にシリアス度合いが増してくるのだ。そしてかつての仲間である総長だとかカミソリ籾などと再会したりとか、クライマックスでの寿司屋の外装の壁の絵のデザインを仕事として任されたりとかのシーンでは一気にこれまでの伏線回収のニュアンスを帯びていく。ほんのこのくだりは演劇的なドラマティックさに満ちている。そしてTV局勤のヒヨによる熱心なオファーを受け、魚好きテレビタレントとしてのブレイクを経たあのエンディングの子供たちに追いかけられる辺りからは、まるで舞台でのエンディングからカーテンコールのような感覚すら覚えるほどである。正に泣いたり笑ったりそして、泣きながら笑ったり、笑いながら泣いたり....かくしてこのような笑い要素とセンチメンタル要素の混在がどこか『さかなのこ』は映画というよりもあの演劇集団キャラメルボックスなどのような演劇を観ているような気分にさせるのだと思う。*6

4.MUSIC🐡🐠🐟🐙

最後に本章では主題歌・挿入歌・劇伴など本作を飾る音楽を紹介していきたい。CHAIという海外などでも人気の高い女性グループによる『夢のはなし』という曲である。

www.sonymusic.co.jp

❼『さかなのこ』(2022)主題歌『夢のはなし』CHAI


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彼女らの曲は本編では出てこないので当初1回目の鑑賞時に聴いた時、最新のデジタルポップス的な曲調がいきなりエンドロールで出てきたので正直映画のテンションと違う気がしたのだが、よくよく本曲のサビにあたる歌詞の部分を読んでみれば

私の「好き」に何が勝てるというのだろう
あなたの「好き」で見たことない場所に飛んでいけ

というサビの歌詞と映像にも本編とのテーマとのリンクが見られることに気づく。そうなると2回目の鑑賞時には自然と馴染んでいったものだ。本主題歌以上に先ほど本編との貢献度の高いのがパスカルズというインストゥルメンタルによるポップス・グループで、彼らによる楽曲の役割がとても大きいと思う。

www.pascals.jp

どこかノスタルジックなんだけど郷愁に浸りすぎずにユーモラスなファンタジー要素をも忘れない彼らの楽曲は正に本編にぴったりである。

以下に挙げる本動画でも分かる通り原作者であり、ギョギョおじさんを演じたさかなクンクラリネットで参加している。


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本作を観たのは2週間ほど前だけど、本記事アップ時点(9/19)ではまだまだ【不思議な感触の傑作】【今年最高の感動作】などの絶賛評価がSNS界隈では日々高まっているのを感じている。*7それはまるでさかなクンやのんのキャラクターをまんま反映したような不思議な感触である。

今後とも本作はガンガンロングランしていく事だろう。そして時代を写像する名画となるそんな願いを込めてこの9735文字にも及んでしまったこのブログ記事にピリオドを打ちたいと思う🐟*8

 

*1:本記事はFilmarksの本作に関する該当記事を土台に大幅に加筆・修正を加えたものである。

filmarks.com

*2:いやほんと二作同時上映とかどっかの劇場様やってくれ!

*3:その朝ドラ『あまちゃん』のラストシーン。筆者はほぼほぼ見た事ないんよね。だから注釈にひっそりとおいておく(笑)


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*4:2019年の夏に西宮芸術文化センター 見にいった。クロマニヨンから第二次大戦から現代まで10万年もの時の流れの中で のん ・渡辺えり小日向文世 という主要キャスト3人で30役全て演じ切ってしまった!何よりも四季も宝塚も朗読劇も演劇も全て引き連れて客観視すらできる3人のタフさに驚いた

*5:かれこれ12年前とは思えないほどテーマとして先陣切ってた作品だったな。女装としてのスカートを履くことに憧れる青年が出てくるが、今となっては当時はトランスジェンダーやLBGTなどという言葉も一般的ではなかったし。

*6:演劇的....そう考えると『さかなのこ』は城定秀夫監督文脈で言うと『アルプススタンドのはしの方』にセンスが近いと思う。あれが好きな人だともうとことんハマるだろうな、まあ出演者としては『ビリーバーズ』のあの二人がガッツリ出てるけど。

*7:本作のヒットの原因の一つにミニシアター中心に上映前のマナーでフィーチャーされてたことがあると思う。あれはめちゃくちゃ宣伝になったと思うし、で作品を観るというハードルはだいぶ下がったように思うんだよね。「総長だって絞めたりするでしょ?」のくだりは初見で見たかったけどw

*8:3回目感想

No2.5 STAGE『悪事身に笑い変える(#あくわら)』大阪公演爆裂レビュー〜演劇論を超えて〜

本ブログ記事は、先週末9/3(土)と9/4(日)の二日間、本ブログにも登場する吉田彩花氏も出演しているという日常のストレスを笑いにかえるストレスコント、『悪事身に笑い変える(あくわら)』大阪公演における極々個人的主観に基づいたレビューである(てかいつもだろw)

『悪事身に笑い変える(#あくわら)』大阪公演爆裂レビュー

〜演劇論を超えて〜

0. OVERVIEW

1.『悪事身に笑い変える』大阪公演レビュー

Case1「遺伝子レベル」

Case2「日曜日」

Case3「れゆにおんおん」

Case4 Bonus Track~ Saika(吉田彩花)「あくわらLIVE」

2.『あくわら』総評と『悶々と愚問』比較論

3.『あくわら』長編拡張への模索

4.下北沢の空気を世界に

 

0. OVERVIEW

このNo2.5 STAGEという劇団の劇団員でもあり、今回の主催や脚本などを担当している緋奈子氏が日常で感じている【イラッ】とする瞬間や言葉にフォーカスしたコメディタッチのギャグマンガ色強めの30分のオムニバス形式の話×3である。*1どの話もオチも会話のテンポもあって永久に観ていたい思いにかられたが、中でも個人的に一話目の『遺伝子レベル』のテーマは30分枠では収まりきれぬほど壮大すぎて長編化して欲しいと思ったほどだし今回の「あくわら」は東京で好評だった演目を関西でも凱旋上映的ニュアンスで一定期間上演するみたいな形だったので、それだけ東京の演劇の底力を見せつけられた感じがあった。

そして逆説的にここ数年関西発の映画でも演劇でも音楽でもなんでも良いのだが、エンタメ見てて感じた違和感にも気づいたりした。やはりここ関西の悲しい宿命なのか、良くも悪くも某新喜劇の影響が強すぎて「ウケをとる」事に拘泥しすぎなのではないかと思う。

これは舞台演劇でもスクリーンでも何でも当てはまるのだが「楽屋ネタ」「客いじり」「後輩いじり」「絶望的な昭和(オヤジ)ギャグ」「スリッパで叩く」「舞台本番中に今ウケた(引いた)などと言う」「上から金物が落ちる」「小学生レベルの下ネタ」そんな使い古されたカスみたいなネタがあまりにも多すぎるのだ。そんなもん必要ない。我々が演劇鑑賞する上で必要なのはもっと真っ向勝負に劇なり本編に没頭させてくれるテンポ感やリズム感や本気度やある種のパッションだと思うから。確かに演劇鑑賞には笑い、涙、カーテンコールはあるが音楽ライブほどの一体感はない。だが、観客は各々の人生観を持ち寄り目の前の舞台に対峙することでいかに生きて来たか、いかに生きるべきかを確認し、そこで生まれる一体感を知る。もはやライブであり勝負なのだ。

こんな関西エンタメ回全体に喝を入れるというか、刺激を与えるというか、レベル底上げのためにガンガン東京発の公演も関西に進出してくれないだろうか。それはもはやチケット代高くても良いと思う、これはあくまで理想論だけどという思いを込めて本演目へのリスペクトと更なるご縁を願って綴りたい。

 

1.『悪事身に笑い変える』大阪公演レビュー

Case1「遺伝子レベル」

あらすじキラキラネームの真珠(パール)は幼き日に父親が蒸発した悲しい過去を持つ。そんなある日パールが日課である日記帳を喫茶店で書いて過ごしていると一体何が起こったのか?

とにかく本作を観てて気になったのは本演目のテーマである「蒸発」という現象。演劇作品を劇団問わず長らく観ているとどうしても浮かび上がってくるのが「幽霊ネタ」。よくこのケースありがちな展開としては、父親は実際亡くなっていて、娘との再会をする為に化けて出たみたいな演劇ではこれまで5パターンぐらい見たようなみたいな展開が待ち受けているのではと勘ぐりながら観ていたがまさか【その父が蒸発後に再婚して既に娘もできていて、その娘も蒸発癖がある】という展開を知ってこれはただもんじゃないなと。しかもその娘の名は真珠(ダイヤ)という名前で喫茶店で働いていて、メニューなどの指し方が父と全く同じという事実に正真正銘の親娘だと気づいたのは2回目の鑑賞でのこと

どの作品ももっと長尺の長編にして観てみたいと思ったものだが、本作が最も拡張可能性があるような気がする。全体的にコメディ調なのでパールが父親をコミカルに殴ったりするシーンなどもあるのだが、その中でも象徴的なシーンがある。店員もいなくなった喫茶店で二人座席に座って着いて少しセンチな感じで「私だって大人だから分かるんだけど、もう再婚してるんでしょ?」という、もう本当の親子にはなれない事を示唆する会話シーンは真剣に見入ってしまった。もうこれは長編化したら感動巨編になりそうな予感がビシビシする。(この辺りは3章の【『あくわら』長編拡張への模索】にて詳しく触れていく。)ちなみに前の記事にて群像ピカタ×s-igen企画の屈指のMVドラマ『人生名画』についてレビューしたがあの中でも超重要キーパーソンである今回の喫茶店店員役の月代彩佳さんが割とセリフもあって無表情ながらもコミカルなトーンで娘役を好演。勿論終演後、お話しさせていただいたが、バーペガでの『人生名画』MV視聴会もしかしたら来れてたかもしれないとの事だったが、でも会うべくして会う人はいつか会うもんなんだなとも思ったな、次の『日曜日』出演の福永莉子さんも含め。*2

Case2「日曜日」

個性や独特を尊重しどんなことでも実際に経験してみないと気が済まない麗は今流行の出会い系アプリにチャレンジする。そこで知り合った豊と直接会うことになったが?

個人的にマッチングアプリなどの経験でないが「プロフの写真と全く違う人間と出会う」という悲劇に関しては男女双方からも起こっているという事例はよく聞くし演劇分野においては格好のネタとなるだろう。まさかの「サッカーをするジョーニー・デップ」として認知していた男である加藤雄太氏演じる竹中豊が割と丸顔かつ色黒で両サイド刈り上げた「いわゆるチャラい領域」にいるタイプが現れた時の衝撃たるや計り知れないだろう。他の作品も3〜4と全体的にキャスト数は少ないんだけど、最もここでの人物相関図的にもマッチングアプリで知らないもの同士の初対面、という緊張感ある設定だったのである種サイコサスペンス的な視点で鑑賞できたと思う。

だからこそ綾波麗を演じた福永莉子さんは普通の感覚を持っていそうで、実は本性は結構ヤバい人なんじゃないかみたいな絶妙かつ複雑な特性をに気づく面白さがあったように思う。その証拠に、あの一見Tシャツとブルーのダメージジーンズという地味そうに見える服装でも、よくよく足元を見れば金色にキラキラに光るスニーカーを履いてたりするのだ。そこから彼女の中にある素の部分が潜んでいるのかと思ったりもしたがそれは考えすぎだろうか。あと本作含め3作全て出演しているLUYさんが今回は竹中豊のお姉さん役で出てて、これがめちゃくちゃミステリアスで最初『遺伝子レベル』のパールと同一人物って気づかなかったほど。グラサンで女子アナ風のウィッグを付けてコンサバティブなファッションでいるという見た目の変化はあるもののここまで微妙に変化するとはさすが女優だと驚愕した。はっきり言ってこの役での彼女を見た瞬間に「あ、明日もあるから2回目見に行こうかな。」とふと思ったぐらいだから。*3

Case3「れゆにおんおん」*4

SNSで偶然内から大学サークル時代の憧れていたヤスタカと再会するどうしても今の安田家に入った湯川同じサークルの綾香と柚木のお誘いサークルの同窓会を開くことになるが...

登場人物名があーちゃんにのっちにかしゆかで、3人の憧れの先輩の名がヤスタカ先輩。はい、紛れもなくチームPerfumeです。紛れもなく3種類のオムニバス中真っ向勝負感はあるし、会話劇や感情の起伏などのテンポ感が圧倒的だったのは主催緋奈子氏がキャストの一人として3人中最高のキレキレのキレっぷりを披露してることからも明らか。そして、今回初めて観たLUYさんは3役全作品においてエモーショナルだったり、ちょっとシャイだったり、突拍子もないキャラだったりと各々印象が違いつつもどこか「クールでサバサバ」というエッセンスだけはしっかりと残っているのには感嘆したものだが、全体的に個人的印象で言うと90sを代表する漫画家・岡崎京子作辺りの漫画から飛び出してきたような異次元感があったが本作が一番岡崎分脈に近いような気がする。例を挙げれば。『危険な二人』辺りのサバサバ系だが本当は恋愛経験がなく今だに少女漫画のような恋愛を夢見ているセーコにルックス・キャラクターともども類似しているように。

(参考:こちらが岡崎京子著『危険な二人』他にも登場するセーコ(上)。こうしてみるとヨーコの方は二話の『日曜日』に出てくる綾羽麗に似ている気がしないでもない。)

そしてそして、本演目では最高にスパイスとなっているのは「人生絶対損している」というフレーズ。やすたか演じる朝倉利彦氏のあのムカつくトーンが半端なかった。これ無理やり書き起こすと「じぃんせいぜっったい(含み笑意を混ぜつつ)そぉんしてるぅ」て感じ。もう初回のこのセリフで想いを寄せていた筈の八重樫由香はもう既にキレてたし。*5そして更に当然彼女にも触れねばなるまい。エンタメは心の太陽こと吉田彩花である。この中で一見清楚というか、あざと系というか「自分はあんまり可愛くないし...皆と一緒にいるのが忍びないし....。」みたいに自分を散々下げておきながらも決してそうは思ってないだろ的な超絶ハイテンションな子守唄を披露したり、ラップ調の告白をしたりともう役柄の次元を超えているというか吉田彩花がツイキャス配信で時折見せるとあるモードではないかと。ここで役柄を超えた「吉田彩花」のエッセンスである素が垣間見えるのがもう彼女の総合芸術としての価値観が劇団内でも成立しているのが分かった。もうこれだけでもう私の中ではもうチケット料金3500円満たしたし、翌日の2回目鑑賞もほぼ確定したのでした(笑)*6

Case4 Bonus Track~ Saika「あくわらLIVE

0.いつか君にとって(ワンコーラス)

①サニー
② 余計だ
二度寝
④ むらさき

本公演『あくわら』では演劇に関わった音楽アーティストによる LIVEパフォーマンス「あくわらlive」も一人3−4曲ほど20分×3=60分ほどの長さで行われた。最終曲である『むらさき』を聴きながらLIVEでも演劇にも映画でも、同じ演者と同じ観客が一堂に会す事はあり得ないんだなとしみじみしたものだ。正に本曲は一期一会の演劇というものを象徴する曲だということに気づく。あと完全に余談だが、個人的に嬉しかったのは彼女のライブにおけるセトリ予想がほぼ当たっていた件。

セトリ予想(当たりは赤文字
サニー
余計だ
二度寝
むらさき
⑤ 気まぐれ

本予測では演奏時間が20分ゆえ珠玉の5曲を投入している。いずれにせよここ最近のバーペガ×s-igen企画モード色薄めで「悶々と愚問」の時のアフターライブのようなベスト選曲になるのではないか?と予想し、ちょうど九州から帰郷時に考えたものだが、新幹線小倉〜広島駅の間に10曲に絞り込んで出演時間20分ってのを姫路駅付近で知り、そこから更に神戸から新大阪の間に 5曲まで削りましたと言う613kmのドキュメントだった。『気まぐれ』はひょっとしてアンコールがあったら??とか思って付け足したので本編ほぼ正解で謎に達成感があった。

*7

*8彼女はもう殿堂入りとして色んな役者の方との出会いも演劇の醍醐味の一つだが、「あくわらライブ」というLIVEタイムにてパーペガで一度パフォーマンス拝見した航海さんが出演されたが、MCでシンプルに「テレビ番組観て面白かった」って内容なのにめちゃくちゃ惹きつけられたし最初のヤツ演劇本編かっつうくらい笑った。あの人の世界にも独特の宇宙があるので今後も注目したい。

 

2.『あくわら』総評と『悶々と愚問』比較論

さてさて、ここまで『あくわら』私の観た午後の分に関して私感を織り交ぜつつレビューしてみたが、そ蘊蓄垂れる優男も蒸発しがちな父もシスコン男も回りにはいないのになぜ共感込みで笑えてしまうのか?という事について考察してみたい。それは答えは簡単に脚本家・主催の緋那子氏が日々感じている「怒り」という感情が個人レベルではなくある種の普遍性を持って響いてくるから。分かりやすく言うと「怒り」をテーマにした曲を作るにあたって別にグランジっぽく陰鬱に叫び倒すニルヴァーナ・スタイルではなく最近大ブレイクしているAdoの『うっせえわ』に似たJ-ポップ・スタイルで表現しているような感じがある。そう考えれば槇原敬之の『どんな時も』がセリフで使われてたり『日曜日』では昭和歌謡曲の領域になるがLUYさん演じるお姉さん『世界は二人のために』がさらっと歌ったり『れゆにおんおん』の4人+1人の設定がもろポップグループのPerfumeのチームだったり、保育士であるあーちゃんの子守唄のセリフでそれこそAdoの歌が土台となっていたりとどことなくJ-ポップス・歌謡曲要素が散りばめられていたのも偶然ではあるまい。そして単なるお笑いのショートコントではなく、あくまで演劇フィールドを遵守した上でのコメディである、と結論付けたところでどうしても比較したい演目がある。
そう『歌え、ピエロ〜movie by Youtu部?』『悲劇のアルレッキーノ』に続く今回の出演者吉田彩花によるS-igen企画による第三弾公演『悶々と愚問』 である。*9

本公演もオムニバスになっていてタイトルは以下の通り、

一話「本番前」

二話「ポイちゃん」

三話「じゃない方」

四話「いいね」

五話「連帯責任」

という5本もの1本につき『あくわら』より短か目の7〜10分ほどの短編コント作品と、長谷川小夏と吉田彩花自身による(交代制の)アコースティック・ライブで構成された演劇公演というかイベントのテイを成した新たなエンタメのスタイルを提示したものとなっている。ちなみに演目後に演奏された20分のLIVEは通常モードではなくあくまで 『悶々と愚問』のシーンの一環としてのストーリーテラー的なモードだと感じ今回の『あくわら』で役柄と切り離されたライブとは異質のものだと言う印象をもった。

『悶々と愚問』においてはタイトルと同じグループ名お笑いコンビ「悶々と愚問」を中心として様々なマネージャー、後輩芸人、アイドル、女優など様々な人々との会話劇の中でTV番組にバラエティ等とは異質のコンテクストの中で生み出される制約や緊張感から解き放たれる独特な「笑い」に包まれているオムニバス・コントである。普通【コント】というとお笑い芸人を中心に「ウケを取る」言葉ありきである設定上ボケたり突っ込んだりという漫才の延長線上にある出し物を言うが、今回作品も全く異質のものだったのも『あくわら』と類似している。こちらも演劇特有の【台本だ、台詞だ、リアルタイムで客の目の前で演じている】だと言う限定されたコンテクストが与えられていて、その枠からはみ出さずに生み出される笑いが中心である。
 これはお笑い芸人達がテレビ番組等で披露するコントとは違って驚くほどストイックなもので、お笑いで出てくるように楽屋でのネタやその演者のプライベートなどに触れる事はほとんど無い。むしろ舞台上のその限定された空間で時間制限すらある事を客席の我々は承知しているからこそ緊張感があってそこから生まれる笑い、それこそが『悶々と愚問』を支えるコアになっているように思う。

この緊張感から生まれる笑いとはどう言うものか具体例を用いると、例えば【おじさんが舌を出して「なんちゃって」と言うコンテスクト(前後関係)がある】にしても、いつもニコニコ愛嬌の良いおじさんよりもグラサンで傷だらけのいかにもヤクザ風情のコワモテの男が言う「なんちゃって」の方が格段に笑いを産みやすいのだ。なぜならヤクザ風情+コワモテ+グラサン+キズだらけと言う要素が人々にある種の緊張感をもたらすからである。

さて『悶々と愚問』との相違を踏まえた上で再び『あくわら』に関して話を戻すと同じコメディスタイルの演劇でありつつもその「質感」が正反対と言って良いほど異なるのだ。言うなれば『悶々と愚問』は小説を読んでいるような質感であり『あくわら』はどこかマンガ的な質感があるように思う。あとこれは各々のストーリーの上演時間のせいもあると思うが、『悶々と愚問』の方は全ての話がオチとして完結しているのに対して『悲劇のアルレッキーノ』のサキ的な存在が『歌えピエロ』で主役を演じた長谷川小夏によって更にエクストリーム化&パワーアップしたり、藤野然り、月9女優然り登場人物達は今後s-igenでスピンオフ的に出てきそうなキャラ立ち感に溢れているのに対して『あくわら』の方はキャラというより全ての話が「長編としての拡張可能性」に満ちているように思う。

3.『あくわら』長編化への模索論

先ほど『あくわら』における「長編としての拡張可能性」について触れたが、なぜそれを感じたのか。それはコメディでありつつもどことなく「センチメンタリズム」要素が『あくわら』にはあるからである。ここで更に深く「笑い」に関して突っ込んでおくと私がこれまでさまざまな演劇を見てきた純粋な演劇における「笑い」がどこに散りばめられているかと言う最大公約数的(大雑把と言えw)プロセスを書き記すと以下のようになる。

【2時間ぐらいの大まかな演劇の流れ】

1.序盤
[笑い要素]
[笑い要素](この数は演目による)
.....

2.中盤
[泣き要素](←new)(この数は演目による)
[笑い要素]....

3.終盤
修羅場[泣き要素]

伏線回収

クライマックス[泣き要素]のみ
[泣き要素]or[笑い要素]混在パターン

4.エンディング[泣き&笑い要素]
カーテンコール💐

例えばこの構図にCase1で見た「遺伝子レベル」を適合させようか。

【キラキラネームの真珠(パール)は幼き日に父親が蒸発した悲しい過去を持つ。そんなある日パールが日課である日記帳を喫茶店で書いて過ごしている】

と言う序盤に以下の伏線が散りばめられよう。

伏線

❶喫茶店での不思議な名の店員とのやりとり

❷怪しさ全開の拍子の日記

❸謎のおじさんとの奇妙な一致

と言う伏線が散りばめられ、中盤にかけて親子である事がわかってからのおセンチな会話において「センチメンタル(泣き)要素」が生まれるのだ。

そして【「蒸発」という現象に関しての説明がなされ再び都合が悪けりゃ消えたりの現象が続く。更に店員であるダイヤ(真珠)も再婚相手の娘という事が明らかになり、その後、阿修羅の指やら日記の閻魔大王やらドタバタ劇が再開し、再び笑い要素が生まれる。】

 更に終盤である。(ここからは私の妄想のオンパレードなのだが)クライマックスでこの「蒸発現象」の真意を主人公は知るのだ。実はこの父も娘も不慮の交通事故か何かで亡くなっていて...そんな過去のある日父はダイヤにこう告白する。

父:実はママと再婚する前にもう一人お前と同じ歳くらいの娘がいたんだ。
ダイヤ:私もその子に会いたい!じゃあ私は喫茶店の店員になりきって...

.....的な会話があって天国に行く事ができない理由としてもう一人の娘にどうしても会っておきたいと。そして三人親子ようやく打ち解け楽しい時間を過ごすものの、本当の事を話す時がきたのだ....という別れのシーンがクライマックスからのエンディング箇所に繋がるではないか。本当のこと今までの伏線が一気に繋がり、とうとう別れの時が来た!まずダイヤの姿がふっと消え、続いて名残惜しそうに父もふっと消え、そこに転がっていた筈の阿修羅の指も徐々に消え、そしてあの日記だけが残る。もう客席が号泣状態の最中、そしてパールは、そして客席の誰もが悟る。これは蒸発(じょうはつ)ではなく成仏(じょうぶつ)の話だったのね、、、、、というオチで暗転。

ご鑑賞、ありがとうございました!!!からのカーテンコール。*10

 

4.下北沢の空気を世界に...

最後に、演劇に関する我が雑観的な想いを綴って本ブログにピリオドを打ちたい。去年の『悲劇のアルレッキーノ』辺りからそうだったし『悶々と愚問』もそう、そして今回の『悪事身に笑い変える』も例外なく、演劇を見る前に役者・ストーリーなどの前情報を一切シャットアウトしてその場で初めて出会う、という事に拘ってきた。これが正解かどうかはわからないが、その真意は「下北沢辺りの住人が時間がああるからってんでふらっと劇場に足を運んでみた演劇が面白かった。」とかたまにツイートされてるの見てそういうダイナミズムこそが演劇であり、それを疑似体験して見たかったってのもあるのかもしれない。現に過去の演劇体験を見てもそういういきなり飛び込みで見た方が感動がひとしお大きかったりするもんな。そもそも吉田彩花氏主演『遥か2019』との奇跡的な出会いもそんな感じだったしね。そして今回の『あくわら』でもその選択肢に誤りがなかった。というよりも正直『あくわら』を観る前は完成しきったポスターのネコのビジュアルやらSNSでアカウントでの役者陣の仕上がってわちゃわちゃしてる感を側から見てて私が常日頃から忌み嫌っている「わかってくれる人だけが喜んでくれればいい排他的な狭いコミュニティ内でのハイソなエセ・蛸壺型マルチバース型のエンターテイメント(もう訳分からんからなんとなく察してくださいwwww)」に属するのではないかという懸念があったものだ。でもそんなもん単なる思い込みでしかなかった、冒頭の0章OVERVIEWでも触れたが、本公演の主催である緋那子氏が日々感じている「怒り」という感情が個人レベルではなく更に普遍的に昇華された万人向けに響くポップスを聴くような真っ向勝負のエンタメの真髄がそこにあったのだ。しかも東京で完膚なきまでに仕上げてそれを更にブラッシュアップして全力で表現しているのも十分に伝わってきた。あとこれは最も大事な事だろうが、演劇のメッカである下北沢で戦い抜いた役者陣の自信と貫禄と余裕と華やかさもプライドをも感じた。正に大阪凱旋上演だったと思う。

本当に最高の舞台だったと思う。

ここに

No2.5 STAGEという劇団とそして劇団員に

『悪事身に笑い変える』に関わった役者の方々に

そして東京は下北沢という聖地に今もなお生息しているであろう演劇の神に感謝の思いを伝えたい。

どうも、ありがとうございました!

....という訳で今度こそ、3000字ぐらいのサラッとした短めのレビュー書こうと予定していたのだが、またまた10137字超えてしまった本記事を終えたいと思う。

*11

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:実はマチネ・ソワレとそれぞれ3話なので計6話だったりするが私が参加した夜の部のみに絞ってレビューする。

*2:物販時にお話しできたが『人生名画』撮影は1日かかったそう。

nenometal.hatenablog.com

*3:その後終演後、Saika様に言われてハッと気づいたのだが福永莉子さんはGahornzに出演されてるではないかとリンクっぷりに感動。GCに出てる人は皆個性あって最高すぎる。朝川優恐るべし。

*4:reunionにonがついてるのはきゃりーぱみゅぱみゅにかけているそう。

*5:

realsound.jp

*6:その日は天王寺近くの動物園前というデンジャラスゾーンで安い宿を見つけたのでそこでの宿泊を決意。これもまた濃いとこだったのでいずれ。

*7:『むらさき』がいかに名曲は以下で述べている。

nenometal.hatenablog.com

*8:そういや『二度寝』の歌詞にもある通り、私は遥か昔の5月、5時55分に生まれたらしいという誰得情報を付して置くw

*9:余談だが、場所は富士見台駅から徒歩5~8分ほど歩いたところにある「アルネ543」というスタジオ的なイベントスペース。ここまでの距離的に前回「アルレッキーノ」の時の学芸大学駅降りて千本桜ホールに向かった時のことを思い出すぐらいめちゃくちゃ似てるんだよね、直前に日高屋とかがある感じとかホント似すぎて笑った。

*10:この話何かに似てるなと思ったらキャラメルボックスカレッジ・オブ・ザ・ウィンド」だな。あと劇団四季「夢から覚めた夢」とかにもある。

*11:という訳で吉田氏との奇跡的な出会いはここに(しつこくも再掲)

nenometal.hatenablog.com

映画『#ディスコーズハイ』ネタバレ爆裂レビュー〜全ての音楽フリークス必見! 本作はスクリーンの壁をぶち抜いたライブ復活へのアンセムだ!

0.地獄のライブ

それは人生最悪のライブ観戦だった。

忘れもしない7月16日のとある神戸の生田神社近くのライブハウスでの対バンイベントの事である。*1 はっきり言ってこのコロナ禍という時期ならでは感染対策も事前にあった筈なのに、それらを全く無視したかのような完全な詐欺イベントだったのだ。事前にスペースも確保しながら楽しみましょうとかとか言っておきながら客もギッシリ入れた超過密状態で、その粗大ゴミにでも入れしまえとしか思えないようなカスみたいな客どもも顎マスクで叫ぶ者続出だったりで演者バンドもそんな客連中を煽りまくってたし、その中に出演していた同じく大したメッセージがないもんだからコールアンドレスポンスで誤魔化したようなこれまたカスのような駄曲・ゴミ曲しか書けないような粗大ゴミの方がまだ再利用できるだけマシに見える自称パンクバンドのボーカリストもMCで

ゴミカスバンド「コロナなんて単なる風邪よ、そうでしょ?みんな?」

バカカス客「イェーイ!!!!(爆笑)」

などと言い放って笑い飛ばしてウケをとったりでもう散々だったのだ。もはやこれは完全にハコ側の現状認識が甘すぎとしか考えられないようなイベントだった。そしてライブが進行して行く度に顎マスク連中がビール片手にLIVE中ギャーギャー叫び倒して、そのビールが飛び散ってこちらにかかりそうになったりしたもんからもうそこでもう限界が来たね。私の中で何かがプツッとブチ切れたのだ。

私も外見上穏やかそうに見えるそうだが、元々血の気の多い九州男児、しかも北九州市小倉南区というある種、パンチパーマ発祥の地であり、いまだに成人式にヤンキーなるものが生息するいわば修羅の国で人生の大半を過ごしてきた人間だ。温厚な性格などでこのまま終わるまでニコニコやり過ごそうという人間では決してないのだ、ブチ切れたら止まらない、沸点はおそらく2℃ぐらいだと思う、もう途中で抜けようと決意し、人並みをかき分けてライブハウス特有の重い扉をこじ開けた。

いやいや、私個人はまだまだ今の世の中そういうフェイズじゃねえだろと。今後コロナのコの字も消え失せて収束してマスクも必要なくなって、もっとバッチリなタイミングになってなんでもやって良い日が来るんだからそこまで耐えてやりゃ良い事じゃんか。
そもそも運の良いことにメインアクトも既に見たしで、もう気が済んでるっちゃ済んでるんけど、途中で抜けたのは人生で初めてだったな。

ちくしょう、神戸アー○ハウスなどもう二度と来るか💢とか思ったけどこの日は閉店イベントなんだったからまあ誰しも来ることできないんですけどね(笑)

....と言うのも、そもそもがライブハウスでのライブに心から楽しめない自分がいたのに気づいたのはほんの最近でこのライブイベントに限定した話ではないのだ。

どこかコロナ禍以降、バンド側・SSW側も無理矢理テンションあげて気を使ってるような気がするし、かと言ってここまで極端でないにしてもノーマスクで叫ぶ輩なども出てきては妙に気になるし、自分のいくLIVEの演者にはいないが、ダイブ・モッシュを公然とやっているゴミバンドもあったりするしで...とはいえ今回のようにあまりに事前のライブハウス側の感染対策マニュアルと違うという理由で途中で帰ったのは初めて。

極端な話、もうライブに行くと言う行為から一切合切撤退してインディーズ映画と演劇に自分のエンタメ享受拠点を絞ろうかな、などと思ったそんな矢先にこの映画に出会ったのだった。

そう、その映画のタイトルであり、本ブログのテーマが

『ディスコーズハイ』である。

 


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映画『#ディスコーズハイ』爆裂レビュー〜全ての音楽フリークス必見! 本作はスクリーンの壁をぶち抜いた本作はスクリーンの壁をぶち抜いたライブ復活へのアンセムだ!*2

Table of contents

1. Everything in its right place

2. 音楽映画比較論〜『辻占恋慕』『犬ころたちの唄』

3.『ディスコーズハイ』とミュージシャンたち

4. 岡本祟論〜鑑賞後の舞台挨拶からの光景

5.ディスコーズ・コケシ・ハイ

Appendix;

『コケシ・セレナーデ』とのシンクロニシティ

 

1.Everything in its right place

では、本記事のテーマである『ディスコーズハイ』のストーリーと登場人物等を紹介しよう。

Brief Story

音楽事務所ヤードバーズにコネで入社した瓶子撫子(田中珠里)は、売れないバンド「カサノシタ」を担当していた。予算もロクに下りないカサノシタは、次回作のミュージックビデオを撫子自身が制作し、その反応でリリースが検討されることになる。撫子は同僚の別久花(下京慶子)へのライバル意識に駆り立てられながら、ミュージックビデオ制作を成功させようと奔走する。

plisila.wixsite.com

 

Charactors of this movie”Discordshigh”*3

🎙瓶子撫子(へいしなでこ acted by. 田中朱里)

レコード会社ヤードバーズに勤める主人公。口と態度は悪いが心の中は熱い。

売れないバンド「カサノシタ」をなんとかメジャーフィールドに乗せようと苦戦する日々。

🚗別久 花(べっく acted by. 下京慶子)

レコード会社ヤードバーズに勤める瓶子のライバル的存在。P-90という売れっ子バンドを担当しているだけあってめちゃくちゃ優秀ってか上司稲葉よりもしっかりしてる

🥁瓶子結衣子(acted by 後藤まりこ)

瓶子の母親であって元カリスマ的ミュージシャン。実はすでに鬼籍に入っているが生前娘に与えた影響は数知れず。どこか病的な影がある感じはこの映画を深みにあるものにしている。

🎧稲葉孝弘(acted by 川村義博)

瓶子の叔父。彼女は彼のコネでヤードバーズに入社できたのだろうか、にも関わらず彼の頼りなさっぷり舐められっぱなしな感じは不憫でならない。

🌂カサノシタ

瓶子撫子が担当している今や売れ行きもバンド内人間関係も崖っぷち解散寸前のバンド。新たなMVを作って起死回生を狙うが...

🎸P-90

別久 花が担当する飛ぶ鳥を落とす勢いの超売れっ子バンド。あるメンバーが瓶子撫子に想いを寄せてたりとか全員実は趣味が同じでロックスターらしからぬ一面を持ってたりする。

 本作のポスターやパンフレットのビジュアルイメージだとか、冒頭から序盤にかけて約10分ほどのコメディ調のドラマ・シーンを経て音楽事務所ヤードバーズに叔父のコネで入社した瓶子撫子(へいし・なでこ)と同僚の別久(べつく)という二人のヒロインによる、売れないバンドを一丁前に仕立て上げるプロモーション奮闘記みたいな作品かな。」と軽い気持ちで観てたら大きく違った。 

これは恐れ入りました!!
最高!あ、最高じゃなくて最高裁判所(←これは本編観たらわかります笑)!

主人公、瓶子のバンドマンでもあり、すでに他界した母との過去の回想シーンと現在とを交互に行き交いつつも怒涛のシーンから散りばめられた伏線の数々を以下に示す。

①母親である結衣子が、撫子が人前に出て歌うことに躊躇してしまう時に御呪いのことばとしてそっと耳をしたあの四文字の言葉

②実は幼馴染であって奈愛間疎遠になってしまっていた別久花から小学校時代別れ際にもらった不気味なあのブレスレット

③瓶子撫子が誕生会にて誰しもが歌ってほしいとリクエストしながらも人前では目はパチパチ・口元はピヨピヨとなってしまう現象に見舞われるも、①を聞かされることによって美しい歌声を披露できた「ハッピーバースデイ」エピソード。

④そしてバンドマンかつ既に亡くなった母への憧れと人前で歌うことへの歌手になることへの憧れと、人前で立って歌う事への畏敬の念

そしてクライマックスで①から⑤までの全ての伏線がFUCKの四文字へと集約されて行くのだった。

もう正に我々は鑑賞時に第七藝術劇場という映画館ではない正にライブハウスへと気持ち丸ごと持ってかれるこのカタルシスの半端なさ。これは正にオルタナティブ・ロックシーンの革新であり続けるRADIOHEADが20年以上前にリリースした『KIDA』というアルバムの一曲目のタイトルに付合する感覚を覚えるのだ。*4

"Everything in its right place 
(すべてはあるべき場所へ)" 


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ラスト、ライブステージの幕が上がり、主人公がFUUUUUCCCCCKKKKK!!!!というおまじないの言葉を取り返して以降、はっきり言って既に2回観ているがあまり記憶にない。だって演奏が始まった瞬間もう映画の中のストーリーがストーリーではなくなってここ(映画館)が完全にライブハウスになってしまうから。その後エンドロールが導かれるがこれはこのエンドロールはエンドロールではなく、何かの始まりである。そう、ここでライブが始まったのだ。

 非常に乱暴な言い方になってしまうが、映画ではなくライブ、ライブよりもライブである、そういう映画だとしか言いようがない。あと本映画は監督・岡本祟がウパルパ猫というバンドのボーカルであるということから音楽好きが気づいてふっと笑う瞬間にも溢れていて、レコード会社の「ヤードバーズ」とは紛れもなくエリック・クラプトンジェフ・ベックらの超有名なバンドからの派生であり、瓶子撫子(へいしなでこ)の「へいし=ジミー・ペイジ」だったりとか別久 花(べっくはな)の「ベック=ジェフ・ベック」だったりするのだろう。あと叔父の「稲葉孝弘」の名はB'zメンバーからの引用だったりするのだろうか、ってまあこちらはj-popだけど。

とにかく我々は生きている限り、学校・会社・人間関係・他人の人生・自分の人生などなど色んなものを卒業していくものだが、音楽を、映画を、演劇を、LIVEを、エンターテイメントを卒業できない全ての理由が本作にあったと言っても過言ではない
それぐらいのどカーンと打ち上げたでっかい花火ぐらいのEnthusiasm(熱狂)がそこにあった。そういえば中間ぐらいで普通の花火が打ち上がるシーンがあるがこれも偶然ではないと思う。ホントラストのガチのライブのシーンは映画史上でも最上級最高の光景だと断定したい。

 

2.音楽映画比較論『辻占恋慕』『犬ころたちの唄』
そして作品比較論になるが、『ディスコーズハイ』はLIVEの理想のあるべき姿を、同じく現在公開中の『辻占恋慕』はLIVEハウスにおけるリアリティにフォーカスして各々描き切った点で一見対称的、ってかむしろ正反対の思考性があるようだが前者はネタバレになるから言わんが本作キーワードである某四文字に、後者は信太の独白部分にあるように、いずれもコロナ禍以降、次々とライブイベントを行うチャンスが殺されまくっている現状への「怒り」や「苦悩」などのAngstが根底にある意味でシンクロしているような気がしてならない。*5Music Movie, Case『辻占恋慕』


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Brief Story
ロックデュオのボーカルの信太(大野大輔)は、ギターの直也にライブをすっぽかされてしまう。そこにシンガー・ソングライターの月見ゆべし(早織)が手を差し伸べる。売れないミュージシャン同士の二人は、同じ30歳ということもあって意気投合。信太はゆべしのマネージャーとなり、恋人同士となる。しかし、二人の間には徐々に方向性の違いが生まれ始める。

Music Movie, Case❷『犬ころたちの唄』


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Brief Story
30代半ばを過ぎた山尾家の長男森男(ミカカ)、次男林蔵(Jacky)、三男三樹(のっこん)の3兄弟の共通点は音楽だが、それぞれの音楽へのアプローチはさまざまだった。30年以上前に亡くなった父の法事を理由に、彼らはときどき森男の部屋に集まっては酒を飲みながら歌っている。ある日森男は、およそ30年間音信不通だった異母妹の川瀬葉月(前田多美)からの手紙を受け取る。

『辻占恋慕』に関しては散々ブログ記事で書いてるので割愛するが『犬ころたちの唄』に限定してコメントすると、多分3回ぐらい観て記憶に留めておきたいくらいには、めちゃ五感に訴える作品でもあると思う。あの古本屋の店主が謎にカッコよく映ってるシーンや、冷蔵庫に貼ってある某PCブランドのシールや、質屋独白シーンのどシリアスな筈だけどコントっぷり等【ツボったもの勝ち】な説明不可能な面白さにも満ちている。世代も人生観もバラバラだが飲みっぷりと音合わせのチューニングだけはバッチリな中年3兄弟。ある日義理の妹が現れて...という話だが突如飛び出す衝撃の事実に驚愕したり感情の暴発ぶりに爆笑した。特にミカカ氏の酔っぱらいの演技が迫真すぎてスクリーンから日本酒の香りがしてきたほど。*6

この3つの音楽映画に関して共通する点を考察したい。バンドやアーティスト名に関する考察である。

『ディスコーズハイ』=カサノシタ

『犬ころたちの唄』=深夜兄弟

『辻占恋慕』=見ゆべし

『ディスコーズハイ』における「カサノシタ」というバンド名はの傘の下って事は「雨天」を示唆してるし、「月見ゆべし」というアーティスト名の月といえば「夜」を示唆してるしで、更に、これまた偶然の一致だけど『犬ころたちの唄』 の「深夜兄弟」にも言えて、彼らの(バンド)名からも無意識なのかもしれないが「コロナ禍さながらの太陽光なきシビアな状況」を窺わせることが分かる。それぞれブルース・ロック・フォークとジャンルはバラバラだけど、いずれも太陽光を閉ざされたコロナ禍から光を見出そうとする潜在意識の現れだったりして。現に岡本監督はTwitterのリプライにて「雨の中、人混みの中でも傘の下ってすごい孤立した空間というイメージ」で命名されたとコメントして頂いた。でも、ここからが大事で、そこからも一筋の光明を追い求めるようなロマンチシズムをも感じたりするのだ。そこに我々は共鳴し、これらの作品群に心を打つものがあるのだと思う。これらの作品に潜む要素を探るべく以下のように定義しよう。

(A)ジャンル=土台となっている音楽
(B)アングスト=登場人物の怒り・苦悩が色濃く表現されているか
(C)カタルシス=クライマックス或いはラストシーンにおいて感じられるか
(D)メッセージ=作品全体を通じて何を伝えたいのかが表現されているか

と言う(A)以外の(B)~(E)の定義でスター(☆)数に対する評価は以下のようなものである。

☆☆☆☆☆=大いに当てはまる
☆☆☆☆=当てはまる

☆☆☆=適合する

☆☆=曖昧

☆=ほぼ当てはまらない

と言う基準の比較検討してみようと思う。

(Results) Music Movie Works比較論

まず、『ディスコーズハイ』のサウンドはロックだ。真っ当にストレートなパンクにも通じるゴリゴリのロックサウンドである点は、『辻占恋慕』『犬ころたちの唄』とは一線を画している。そして(B)のリアリティという観点で行けば主人公が目をホヨホヨ&ピヨピヨさせる描写があったりとか、どう見たって線の細い体型のライバルの5人前ぐらいの焼肉を食うシーンがったりとかコメディのテイを成している。

だからこそラストシーンでマジ演奏してるシーンはリアリティが倍返しし、その(C)のラストシーンではカタルシスっぷりが半端ないのだ。次にこの種の映画にありがちなコロナ禍以降に顕著に見られる「怒り」をぶつける要素が意外と少なくそうした思いはラストライブシーンの大爆発に巻かれていく印象がある。その点では同じライブハウスを舞台にした『辻占恋慕』でのライブハウスステージでのマネージャーの独白から醸し出される怒り要素が半端なく思える。次は『犬ころたちの唄』の話にいくと、本作のスクリーンから酒の匂いがしてくるんじゃないだろうか、実際にドキュメントでも取ってるんじゃなかろうかというリアリティが半端ないのだが、法事での兄弟の怒りのぶちまけ方は極めて内向的なもので世相への怒り要素は皆無である。そして最も大きいのは(E)メッセージ性。これが繰り返しになるが『ディスコーズハイ』ではそれがもう圧倒的なのだ。ラスト、ライブステージの幕が上がり、主人公が『FUUUUUCCCCCKKKKK!!!!』というおまじないの言葉を取り返して演奏が始まった瞬間もう映画の中のストーリーがストーリーではなくなって映画館は完全にライブハウスになる。もはやエンドロールはエンドロールではなくライブが始まるのだから。この世界に埋もれてしまいたいくらい楽しめた。因みに『犬ころたちの唄』のメッセージ性に関してであるが、古本屋の看板に

Nothing is true. Everything is permitted.

真実などない、何もかも許されている。

という1950年代のビート・ジェネレーションを代表する作家であるウィリアム・バロウズの名言が記されているが特にそれがテーマでもないだろうし、だとしても我々に何かを強要するタイプのものでもないだろう。*7

3.『ディスコーズハイ』とミュージシャンたち

あと本作は、サーキットフェスなどのライブハウスに頻繁にいく人ならお馴染みの、後藤まりこ氏や、ぽてさらちゃん。などなど様々なミュージシャンが出てくる作品でもある。個人的には、去年の名古屋だとか今年の5月に東京中野新橋にあるライブバー、バーぺガサスにて本人のど真ん前でパフォーマンスを聴いた事のある鈴木大夢氏が売れっ子バンド「P-90」のボーカリストとして出てたのが個人的に物凄く新鮮だった。


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あの実際に聴いたソロでの魂を削ぎ落とすカート・コバーンを思わせるような(ベタな例えですいません笑)ヒリヒリした歌声とはまた違う、このP-90というハードなバンドでのどこかしらクールネスを保ちつつギアをグイグイ加速していくような、スリリングなサウンドに乗っかっていくボーカリゼーションが印象的でとても良かった。端的に言えばギャップ萌えってやつかも。*8
あと、長年(ってほどでもないが)音楽聴いたりLIVE行ったりしてるとどこか表情ってか面構えを見ただけでロック魂を感じて、その後音源聴いて案の定間違いないって顔の人が一定数存在している。大昔だと車谷浩司さんとか、ここ数年だと鈴木実貴子さんとか、今回のP-90の鈴木大夢さんにも同じことが言えよう。先日の第七藝術劇場での舞台挨拶で見た未遂ドロップスの「ペつさん」も例外じゃなかった。

そこで彼女の所属するバンド「未遂ドロップス」のオリジナルとカバー楽曲をそれぞれ紹介しよう。


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 彼女は『ディスコーズハイ』で存在感ある役で出てて初回見た時からただならぬ何かを感じて、今日舞台挨拶での某エピソード聞いて確信に変わった。ご本人に「音源絶対聴きます」と宣言したがこれがもうドンピシャハマった。
Ado氏の例のヒット曲のカバーも良き。個人的には本家より好きかもしれません(笑)

舞台挨拶であの『みぽりん』『コケシ・セレナーデ』の松本大樹監督がぽてさらちゃん。を大絶賛していた。彼女は本編では割とブチ切れやすい主人公を「まぁまぁ落ち着いてくださいよ。」みたいに宥めるシーンの多い、比較的冷静なキャラクターだったので舞台挨拶での天真爛漫なキャラクターに驚いたってか、大いに笑った。


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ぽてさらちゃん。のなはなんとなくライブイベント等で聴いたことがあったが基本的に「ディスコーズハイ」観た後で知った訳だが、この人知れば知るほどキャパシティの計り知れ無さに圧倒されてる。


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そして最後に紹介するのが本作監督・岡本祟が中心となっているウパルパ猫による楽曲群である。『当たり前だろ』シンプルに研ぎ澄まされたギターとボーカルが印象的でだからこそ日常の光景を写像する素晴らしい楽曲だと思う。そして『そろそろおやすみ』の方はもっとサウンド的にドラマティックさが加えられていてどこか本編主題歌とも共有する感覚がある。


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映画『ディスコーズハイ』 打ちひしがれるような感動に包まれるのは何万字でも語り尽くしきれないが主題歌が破格値に素晴らしい。 本曲があの場面であのタイミングでかかるカタルシスよ...もう一回観たい。 以下は元々の映画版ではなく岡本監督が所属するウパルパ猫dogプロペラ猫dogいぬ(以下、ウパルパ猫)による『じゃあね。さよなら』である。


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本曲を聴くと伏線回収だ、オチだ、愛だの恋だの友情なの長年日本映画に呪縛のように取り憑いていた概念を『じゃあね。さよなら』と軽く吹っ飛ばしてくれる魔法がある。
喜怒哀楽ではない感情の塊のような涙が溢れ出るアンセムっぷり。ハッキリ言って本曲は日本の『Don’t look back in Anger』にも似たアンセム性である。更にいうと、カサノシタバージョン(映画版) 『じゃあね。さよなら』の壮大に広がる感はThe BeatlesというかGeorge Harrisonの傑作『All the things must pass』の『Isn’t it a pity』を彷彿とさせる。
浮遊感がある編曲もさる事ながら「誠に遺憾である」というフレーズも、まんま「Isn't it a pity」というタイトルと
シンクロするし。


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*9

4.岡本祟論〜鑑賞後の舞台挨拶からの光景
初回で見逃したあの伏線がどう回収され、あのミュージシャンが出てるってのを聞いててそれを確認したりとか、登場人物の心象風景をじっくりと、とかいうそういう次元の話ではなかった。もはやこれはコロナ禍で幾多のLIVEが中止の憂き目に晒され、LIVEそのものへの楽しみ方を忘れかけていた音楽ファン達への【LIVE復活へと誘う映画】でもあるのだ。
こりゃ本作出演の全バンドの全音源聴くしかねえなと強く実感した次第でもあった。
....と言うのも正直、ということで話は0章での「地獄のライブ」でのブチ切れて出ていった話へと戻っていく。そこに戻らなくても良いように(当たり前じゃw)ここで再度引用しよう。

ここんとこライブハウスでのライブに心から楽しめない自分がいたものだ。どこかバンド側も無理矢理テンションあげてる気がするし、かと言ってノーマスクで叫ぶ輩なども出てきては気になるし、自分のいくLIVEの演者ではいないのだが、ダイブ・モッシュを公然とやっているとこもあったりするし、あまりに事前のライブハウス側の感染対策マニュアルと違うので途中で帰った事もあった。極端な話、もうライブに行くと言う行為から完全撤退しようかと思ったほどである。

だが、この映画は「そんな事もうどうだって良いじゃんか。そもそもLIVEのダイナミズムっちゃあこう言うもんだよ。今ある困難な事や複雑なことをとてもシンプルにする事、それこそがライブの良いところでそれに代替えの効くものはライブ以外には考えられないものだ。」と教えてくれたのだ。そういえば

米国のジャズ・ベーシストであるチャールズ・ミンガスはかつてこう言っている。*10単純なものを複雑にすることはありふれたことだ。
複雑なものを単純に、驚くほど単純化する、それがクリエイティブな感性だ。 」と。

もう一度LIVEとはこんなに楽しいもんなんだ、と言う原点回帰でライブハウスに足を運ぼうとか思ったりして正にEvanescenceの大ヒット曲ではないが『Bring me to life』ならぬ『Bring me to LIVE』である。*11
あと、今回の舞台挨拶での2回目は特に全員ミュージシャンだったんだけどやっぱりこの空気感が私に合うとも思ったな。
 というのは以前さほど作品に愛着のないのがバレバレで、ネタだけやってウケとってすぐ帰った商魂逞しい某有名芸能会社の芸人ばかりが出てた某映画の舞台挨拶には死ぬほどウンザリしてたから。
作品への溢れんばかりの「愛情」であるとか「知的さ」(←これは絶対あるよ)と(ここが重要なんだけど)どこか溢れる反骨精神とのバランスが最高なのだ。

*12

あと舞台挨拶って言えばご自分の映画の宣伝が一番重要だろうに、チラシ配りなどされてプロモーションを頑張っている『犬ころたちの唄』の前田多美監督の心打たれて、舞台挨拶時に『犬ころ〜』のポスターも自ら大きく持ち上げて「同じ音楽を主題にした映画として一緒に盛り上げて行きましょう!!」とか言うノリも間違いなくミュージシャンならではってパフォーマンスでそういう所も最高すぎるのだ。この話後にバーペガサスにて古郡翔馬氏らに話したらめちゃくちゃ感動してた。。

そして、第七藝術劇場での鑑賞後、舞台挨拶の方も行われて、岡本祟監督の撮影裏話を色々と聞けたけれども彼自身、ミュージシャンだけあってとても繊細な面も覗かせつつ、かつエンタメ精神・サービス精神・ロック魂にも溢れていて、さらに笑いのツボも心得ている方で、とても好感を持った。

こういう映画公開というイベントを、そして舞台挨拶というイベントを一つのムーブメントにしていこうという気概さえ感じられたものだ。これは普通の舞台挨拶にはないライブ感ある雰囲気だったな、さすがミュージシャンである。*13


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...にしてもこの時の松本監督の話がとにかく共感の嵐で尚且つ「そういう目の付け所があったんだ」的な見解も言っておられたのでもう一回観たいかな、てか3回目も観たいなって訳で京都みなみ会館8/20のチケットは抑えてあるのだ。

*14

てな訳で感動の第5章へと続く*15

★8/9 舞台挨拶❷@第七藝術劇場松本大輝監督、片山大輔 他トークショー付)

★8/10 舞台挨拶❷@第七藝術劇場(ぽてさらちゃん。ペつ(from 未遂ドロップス)他

★8/21 舞台挨拶❷@京都みなみ会館(岡本崇監督、森愛渚、バッチくれキャンペーンガールの3人(#森田美希 さん #青山紫音 さん #青山琴音 さん)

5.ディスコーズ・コケシ・ハイ

という訳で、前章にて松本大樹監督の話が出てきたが、この『ディスコーズハイ』もコケシが随所に登場してくるのだがその点で非常に共通している。舞台挨拶時に様々なネットサイトから購入したと仰っていたという意味でも松本監督のこの作品を思い出さざるを得ない、ってな訳で過去の『コケシ・セレナーデ』に関する記事に関しては以下の通り。

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 このコケシに関して最高のエピソードで本ブログを締めくくりたい。実は私は8/11~8/15の間、東京旅行に行っていた。8月14日に、新宿HEISTでの滝口果歩さんらの対バンイベントが終わって、次の中野のビルの一角でのGagornzCreationという朝川優さん主催の演劇ライブの間に数時間ほど時間があったので、当然中野ブロードウェイというあの最高な場所に行く訳だがその時、岡本祟・松本大樹両監督を惹きつけてやまない「コケシ」のバーゲンセールをやっていたのだ。

その翌朝、私は以下のようにツイートをした。

このツイートをして8/14日の午後14時ぐらいだったろうか、このツイートを見て岡本監督が「(一番)左の(コケシ)が良い!」。とリプライしてくださったのだ。

こちらのコケシね。

というエピソードである。......というのを聞いて「それだけ??、単に岡本監督の好みのコケシを聞いただけじゃんか。」と大上段に構えた割にはそっけないエピソードかと思われるだろう。いや、いや、まあ落ち着いて聞いて下さい。

 繰り返しになるが私は8/20(土)の土曜日、岡本監督の登壇される舞台挨拶の開催される京都みなみ会館に行くのだ。

そこでの目的は3つ。

一つは、勿論3度目の『ディスコーズハイ』をかましてさらなる考察を深めるという目的もあるのだが、もう一つの目的は今後の本映画作品の大ヒット並びに、東京凱旋上映の際には岡本祟監督に中野新橋駅付近にあるバーペガサスでのライブをして頂きたく、群像ピカタのテーマの入ったサンプル音源やバーペガサスにて独自で編集&作成しているコンピレーションCDを手渡す事である。

そしてこのブログ記事アップの時間を8/20(土)の京都みなみ会館での舞台挨拶以降、に予定しているのには重要な訳がある。なぜなら、この3つ目の目的を先にここで公開してしまっては我が任務の"ネタバレ"になってしまうから。

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そう、勘のいい人はお分かりかと思うが、8/14の14時ごろ彼からの「このコケシが良い!」レスを受け取って15時ぐらいに私は吉祥寺駅付近にいたのだ。ブロードウェイのある中野駅は10分ほどすぐ近くじゃんって事で、すぐにまたまたその前日と同様に再び中野ブロードウェイにまで赴いてこの無事にそのコケシをゲットしたのだ。

これを岡本祟監督に、いや、『ディコーズハイ』の輝かしい未来へとプレゼントする事も大きな目的であり、それがこの記事公開時には無事に彼の手元に行き渡っている事を信じつつ、この16506字にも及んでしまった本記事にそろそろ終止符を打とうと思う。

Thank you for Bring me to LIVE

and leading stairways to LIVE !

 

Appendix;4回目鑑賞の果てに

コケシ・セレナーデ』とのシンクロニシティ

(*あ、こちら思いっきりコケシセレナーデのネタバレ含んでますので観てない方スルー奨励)

さて、この記事を書き終えて6日後、4回目であり、京都みなみ会館においてはラストの『ディスコーズ・ハイ』を鑑賞した。ここまでくると最早ストーリーや伏線回収の事実を追うなどいう次元を超え、最後のライブハウスシーンにて別久花がノリノリになっている稲葉社長を見るあの突き刺すようなヒリヒリした視線とか、幼少期に出てくる撫子友人の両親のあの絶望的なやり取りなどの細かい描写であるとか、幼少期の二人の別れのシーンであのクローン使ったあのシーンなども殊更に感動したり、2回目鑑賞ぐらいでもツイートしたが中間で花火が鳴るシーンはラストのどでかい打ち上げ花火さながらなライブシーンへのある種の伏線なのかと思ったり。

しかしよくよく振り返ってみると『ディスコーズハイ』にここまでハマったのは1回目松本大樹チームのトーク交えた舞台挨拶がなかったら果たしてまあ2回目はマストにしても4回も観てきただろうかと思ったりもする。それぐらいあの時の松本氏の見解が指針となってその後の鑑賞が深みのあるものになったのは確実である。

松本大樹と岡本祟.....この二人の作品を比較していくとそれでふと思い当たる。これはコケシ繋がりであるとかあるいは死者がキーワーパーソンになっているからという訳ではないけど『コケシ・セレナーデ』とある点で物凄くシンクロしていることに気づく。本Appendixではその辺を深く掘り下げていくことにしよう。両作品共々ライブシーンがクライマックスに位置付けられている。『ディスコーズハイ』はP-90目当てのファン中心のライブハウス、『コケシ・セレナーデ』の方はあの拳を振り上げることもなく、声援を上げることもなく、ただひたすらうっすらと笑みを浮かべて並んでいるという違いはあるものの、紛れもなくコロナ禍以降のライブの観客の表情そのものであり、コケシ達が黙って耳を澄ませるシーンも今のLIVEの様子をリアルに彷彿とさせる。いや、それだけではない。

 問題なのはこの物語のエンディングの仕方である。

というより今まで2時間近く観てきたこの物語をことごとく覆すようなランディングっぷり。具体的には『コケシセレナーデ』の方は【桜井の奥さんである萌々香は亡くなっていた】という事実が突きつけられることによってあの部屋から聞こえてきたハイトーンな歌声は大輔の歌声へと変貌し、本作ではこの話全体が既に破綻しまくっていた事実を知るあの感じ。今までの奥さんとのやりとり、コケシ大量購入の件、ジェットコースター映像大騒ぎからの苦情、霊媒師の出現、某が差し出したアベノマスク、霊媒師との大輔との望まれぬキス、もう何もかもが奥さんがいない状態で巻き起こってたのか、もはや大輔のサイコサスペンスであり、ホラーであり、愛憎劇であり、主人公と霊媒師のBLなのか(コラコラw)もう訳がわからなくなったのだ。そう考えたら『ディスコーズハイ』も負けてはいないではないか。既になくなっている撫子の母親における御呪いの言葉を思い出すことで怒涛のライブシーンに突入した途端というか、正確には2曲目の主題歌である『じゃあね。さよなら』が鳴らされた途端にエンドロールが導かれるのだ。そしてその瞬間この物語に関しての後日談である撫子は今後カサノシタのメンバーとしてバンド活動を行うのか、はたまた彼女も他のバンドメンバーもこのライブを機に吹っ切れて音楽とは違う何かを模索するのか、全くの示唆すらされていない。というか、暴論かませばそんなことどうでも良くなってくるぐらい視界がパァッッと開けてくる感覚すらある。

その理由は明らかで、繰り返しになるが我々が『ディスコーズハイ』を鑑賞前は確かに映画館の中にいるのだけど、それを観終わった後にそこはもはやライブハウスという異次元空間に変貌するのだ。その答えは、もはやスクリーン上にはなくてフロアとステージとあの独特の空気感からなるライブハウスでの事件にこそあの物語の答えがあるのだから。

このように『ディスコーズハイ』と『コケシセレナーデ』とでは【エンディングにおける異次元へぶっ飛ばされる感覚】というのは非常に類似していると思う。

そう考えると松本大樹監督の長編第1作『みぽりん』におけるあの全アイドル・ドルオタ必見のぶっ飛んだエンディングにも同様のことが言えるかもしれない。あの作品における狂気のエンディング考察に関しては2年前の過去記事を参照。

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ちなみにそれに関連して私は既に岡本祟監督の所属する「ウパルパ猫」らが出演するライブのチケットを予約している。

そこにはきっとまだまだ未知数の瓶子撫子の、別久 花の、瓶子結衣子の、稲葉孝弘の、カサノシタ、P-90たちの物語が、そして『ディスコーズハイ』の続きがそこにあるからである。

恐らく5回目になる『ディスコーズハイ』の舞台は南堀江Knaveである。

★8/25 舞台挨拶❷@京都みなみ会館(岡本崇監督)

 

*1:このライブハウスは今現在閉店しているから名称言ってもいいんだけど自粛。

*2:本分析はFilmarksの本作に関する該当記事に加筆・修正を加えたものである。

filmarks.com

*3:写真はこちら

ディスコーズハイのフォトギャラリー画像(10/12)|MOVIE WALKER PRESS 映画

*4:RADIOHEADは本編には出てこないがふっと浮かんだので

*5:この辺りの分析は過去記事を参照して頂きたい。

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*6:2回目鑑賞。2回目の方がもっと面白かった。もはあこの世界に埋もれてしまいたい位楽しめた。登場人物の誰もが複雑な事情を抱えてて貴方もそうでしょ?と振ってくるがそれ以上は干渉しないぶっきらぼうな優しさに満ちている。そして最後のギターのくだりは爆笑必須もの。

*7:バロウズに関してはこちら。

ja.wikipedia.org

*8:あと鈴木氏も演技のパートってかセリフのシーンとかも割とあったけど彼の素の姿って、終演後お話した事あるけどライブでの鬼気迫る感じとは違ってホントあんな感じなんだよねとか思い出したり。

*9:ちなみに物販についてだけど、1200円で5曲、というかなりなお得価格でP-90としての音源の入ったCDも販売している。このCDの方がサブスクより収録曲が数曲ほど多くて、サブスク未収録曲の『枯渇ごっこ』という曲が死ぬほどカッコいいからCDの方を購入しておく事をオススメする。パンフと合わせても2000円ちょうどだし。

*10:伝説のベーシスト、チャールズ・ミンガスに関してはこちら。

ja.wikipedia.org

*11:これな、全く本記事に関係ないけど(笑)てかevansecnceて年末に聴きたくなるんよね。


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*12:バーペガ店長、古郡翔馬氏も8/17の配信ライブにて以下のように述べている。

*13:てかなんとなく岡本監督『チキン・ゾンビーズ』リリース期のミッシェル・ガン・エレファントのベーシスト、ウエノコウジ氏に似てるし、と思ったのは私だけかな(笑)

*14:

*15:あと、私的リクエストとしてはカサノシタによる主題歌の音源の発売(配信)と、カサノシタ初期メンバーによるミュージックビデオを全て動画サイトで公開して欲しいな、あれめちゃくちゃカオスティックで面白すぎるので。

S-igen企画(#吉田彩花)✖️#群像ピカタ、奇跡のコラボレーションMV Drama『人生名画』爆速レビュー

本記事は、S-igen企画(#吉田彩花)✖️#群像ピカタが組んだ奇跡というより軌跡のコラボレーションMV Drama『人生名画』をテーマにしている。さて、この生きる芸術作品をとくとご覧あれ。


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S-igen企画(#吉田彩花)✖️#群像ピカタ、奇跡のコラボレーションMV Drama『人生名画』爆速レビュー

1.楽曲論

2.感情論

3.アート論

4.壮大なエンドロールの果てに

5. バーぺガ論

6.パーペガ名演コレクション

1.楽曲論

1:05辺りからのThe Beatlesの『Tomorrow never knows』に代表とされるような逆回転ギターサウンドも、2:25辺りのMy Bloody Valentine等を思わせる間奏のシューゲイザーのような轟音もありつつ、サイケデリアやオルタナティブの波に埋もれずにメロディアス性を保ち、どこかナイーブさをも覗かせるような「強さと儚さ」が共存するのが本曲の魅力だとするならばStanding on the Shoulder of Giants』辺りの実験的モードに参入しかけた時代のOASISに近いのかもしれない。 とはいえ、今は2022年。どこかセンチメンタル要素も強めで、今、この日本を生きるドメスティックなバンドとしての感性もしっかりと楽曲に落とし込んでいるのが現代を生きるバンドの宿命にも似た特色だとも言えよう。 そして本MVでは各々❶逆回転要素のありかを、センチメンタリズム、❷シューゲイザー要素の所在をロマンティシズムと捉え、その象徴として❶ではハングオーバー時代以降の古郡翔馬氏が関わった過去のMVに ❷ではダンサーと花束を用いる事でこの歌詞内にもある感傷性とロマンティシズムとを遵守している事がわかる。

要するに、本作は10年に及ぶ古郡翔馬historyをも網羅したタイトル通り、絵画のようでもあり、コンテンポラリーダンス・パフォーマンスのようでもあり、或いはミュージカルでもあるような全般として極めて「アート純度」の高いMV Dramaであると断言できよう。

oasis 4th アルバム期『Who feels love?』


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The Beatles サイケデリックダンスミュージックの象徴『Tomorrow Never knows


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My Bloody Valentineの代表曲とも言って良い『only shallow』


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2.感情論

或いは、こうも考えられよう。 私が個人的に古郡氏のライブパフォーマンスを目の前にして本楽曲を聴いたときに思ったのは 【叶わぬ思いがあるのなら届かぬ夢を見続ければ良い】というある種作曲者である古郡翔馬氏による、彼のハングオーバー時代から現在の群像ピカタに至るまでの音楽活動や、彼が経営しているバーペガサスというmusic barでの活動全体を通じて垣間見える「過剰なるエモーション」そのものである。(あとここ最近のギターメンバーであるJomo氏とのセッション動画の中でも垣間見える「死生観」に関する歌詞などもその過剰なる「エモの一種」と捉えてしまうことに大きく関係しているような気がする。) それらを踏まえても、本動画でもあの綺麗に収められた額縁の枠組みをはみ出る瞬間が映像としても反映されるべきなのでは、とは正直に思った。 正に群像ピカタというバンドのテーマである『群像ピカタのテーマ』がそうであるように。*1


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ふと思い出したが『群像ピカタ』と同様に『人生絵画』においても見られる【オルタナ感】に関して以下の動画をあ提示したい。こちらは先月末にバーペガサスにおいてまだ本MVが公開されるとの告知がなかった7月26日、古郡翔馬氏のアクトが行われたのだがこの中で3:17辺りからパフォームされる『人生名画』に注目したい。*2


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この動画内での鬼気迫る感に以上ならざるものを感じたのは5:30辺りからのそれこそマイブラを思わせる轟音展開である。本来私は彼の楽曲では『人生クリエイト』がフェイバリットで、その曲がパフォームされたにも関わらず『人生名画』に打ちひしがれるほど衝撃を受けて、ライブ後彼のいるバーカウンターへ行き、この曲がいかに凄かったか伝えに行ったのを覚えている。別段この曲がこうして日の目を見る事を察知した私のアンテナの鋭さを自慢しているわけではないが(アンダーラインまで引いといて自慢してるようなもんやんけw)兎にも角にもこの『人生名画』という曲に「何かある」事を示唆してるようなエピソードである。ちなみにこのMV drama化計画を知ったのはこの日のライブの数日後ぐらいだったから。*3


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3.アート論

先ほど、「逸脱」という言葉を用いたが、2点ほどその「逸脱性」であるとか「破壊性」の重要性について述べたい。

2022年1月に公開されたのん(能年玲奈)監督『Ribbon』でも主人公いつかが友人と共に叫び倒しながら巨大な自主制作絵画をノコギリやら金具でぶち壊すシーンがあるが、そのような破壊行為によって「アート」を自らのアイデンティティとして取り戻す事に成功したのだ。『Ribbon』に関する過去記事はこちら。

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更に絵画文脈から掘っていくとウィリアム・ターナーという1770年代に生まれたロマン主義の画家がいるが、彼の描く緻密かつドラマティックな風景画はロマン主義という枠組を超えていたように思う。 荒波に立ち向かう漁師を描いた海景画を経て晩年の光に包まれたかのような山岳風景は最早抽象的な意味すら持つのだ。

そのように「カテゴリーを超越した瞬間にこそアートが輝き始める」という事を示唆してくれるのだ。 その意味では本MVでは綺麗に損なわれる事なくあくまで逸脱・破壊へと踏み切らず、額縁内の作品として物語が成立している点はS-igen企画による「人生とは一本の映画の様だ そしていずれ一枚の絵画となる」というコンセプトと付合していくようでもある。

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ウィリアム・ターナー;Collections

 

4.壮大なエンドロールの果てに

いずれにせよ、本動画では何かの章が終わりを告げ、次なるフェイズへのエントランスに立たされていくのがはっきりとわかるのはエンドロールで全てのキャストや製作陣、そしてS-igen企画の文字が出てきた後に5秒ほどの真っ暗闇の無音の世界があるのだ。

映画『Ribbon』の如く、ここで綺麗に飾られた額縁を壮大に破壊する瞬間があるのか、ターナーの絵の如くさらなる逸脱がなされるのか、或いは「宇宙」という概念がこの世に誕生した時の如く更なるビッグバンが起こるのか、正にそこに群像ピカタであり、S-igen企画の次なる展開を考察させてくれる「余白」があるような気がしてならない。最後に、今後の群像ピカタとS-igen企画の展開として非膣の奇妙な共通点が浮かび上がる。ピカタが今年の秋にリリースされるニューアルバムのタイトルがBraidで元々Braidとは三つ編みを意味するのだが、S-igen企画が2/20にバーペガにて開催したイベントのタイトルが

「2/20 S-igen企画pre.言葉と音と三つ編みの私の絵を。」である。ここで出てきた三つ編みという共通点。この符号性は偶然なのか必然なのか、答えは風に吹かれているのか、神のみぞ知る、なのかは疑問はやまない。 


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最後に、本章の締めくくりとして同じS-igeん企画の映像ワークとして「悲劇のアルレッキーノ」のテーマ曲でもあった『青の時代』のMV Dramaについても触れておこうか。


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思えば、昨年11月末に上演された「悲劇のアルレッキーノ」という舞台は、 【人には悲しみを覆い隠しきれぬ程の心の闇があり、それでも泣けずに笑うしかない3人の道化師達】 を描いた悲劇でもあり、そして喜劇でもあった。 それから七ヶ月後、こうして現れたこのMVドラマはあの舞台を別のビジョンで見るフィクションでもあり、 そしてノンフィクションとも言えるのかもしれない。 本作を定義づけすれば、演劇フィールドを度外視した上での「パンク=物理・概念への破壊衝動」ではなく、 あくまで自己をアイロニカルかつ自虐的に客観視した上での「オルタナ的なパンク」であると言えよう。 正に「人生は壮大なコント」という吉田彩花氏が掲げるコンセプトとも繋がってくる。いずれにせよ、90年代にBECKNirvanaといった海外のバンドやアーティストのアティテュードがこの令和の日本の演劇というフィールド にて具現化される事に驚きと期待と喜びを隠せない。*4

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5. バーペガ論

ここで少し、私の中での【バーペガ論】を述べさせて頂きこの7334字にも及んでしまった本記事を総括したい。

 思えば、私が中野新橋のバーペガサスを知るようになったのはちょうど吉田彩花さんがSaika名義でアコースティックライブを開始するようになってから「おお、Saikaさん何やら面白そうな所でライブやってるな。」と思った事がキッカケなので僅か1年ちょっと過ぎぐらい前のこと。

そもそも私が吉田彩花氏を知ったキッカケになったのは2019年の4月29日の中野区でのちょうど中野ザ・ポケットでの舞台鑑賞で、更にこれは最近知ったのだがバーペガが始まったのも同年5月というのも偶然にしては興味深い一致である。あの時からこう繋がってsaika氏の活動追って、バーぺガのライブ配信も出て自分も実際にそこへ行くようになるってこのプロセスはつくづく奇跡だと思う。

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そうこうしていくうちに店主・古郡翔馬の存在をハッキリ認知したのはちょうど今頃の時期、5月の長谷川小夏さんか村岡由太(通称;ゆた)さんの誕生日企画LIVE辺り。

ギターを鳴らしながら思いのままに今時点で感じている日々生きていく上での衝動的思いや怒りや喜びやその他全ての感情をないまぜにしてブチまけるようなMCをかましてそのまま曲パフォーマンスへとなだれ込んでいくようなスタイルは今まで観てきた様々なライブでも全く既視感のない、ある意味衝撃で圧倒されたのを覚えている。そして曲演奏もさる事ながら今更曲間のMCがめちゃくちゃ上手いとも思った。

これは大袈裟ではなく私がLIVEに行くミュージシャンの中でも最高ではないかと思います。キング牧師とかモハメド・アリ辺りの思想家ばりめちゃくちゃ心打つスピーチレベルではないかという印象。

そして初めてコメントを書いたのも確かその時。

かなりうる覚えだけどオルタナティブ・ロック全盛期にカート・コバーンの存在を目撃した人の気持ちがわかった。」的なコメントだったと記憶している。

その後は名古屋でのLIVEで初めてお会いしたり、『悲劇のアルレッキーノ』千本桜ホールのあとコンビニ前でKPをかましたり、バーペガにももはや今回で5回目にお邪魔するなどもう一年ちょいでバーペガにもすっかり常連になったような気がする。

 そこで常々思うのはバーペガというプラットフォームの網羅してるアーティスト幅の広さにも驚く。ツイキャスでの配信はコロナ禍以降激増しましたが、ツイキャスでいつでも最高最強の妥協なしの緊張感と臨場感ありの「live」を毎日の如く配信しているプラットホームはここだけだと断言しても良いでしょう。

そういえばこういう事があった。

半年ほど前の月曜日、東海地域のライブハウスでのツイキャス有料配信観ててつくづく実感してるのは、そこでパフォーマンスしてるアーティストの多くは無難にこなすんだけど画面の向こうから迫ってくる何かが無くて、もうそこには残念ながらスクリーン上でのパフォーマンスという限界を突破する事はなくて、バーペガの配信ってもの凄いクオリティなんだなって事を痛感した次第。何よりもバーペガはPCスクリーンの垣根を越えて心の奥底に訴えてくるアーティストが多いし、あの1週間で3〜4回ほど長時間でハイペースで無料配信してるの凄いことよなと改めて思ったのと同時に、いつかの配信で「バーペガをディズニーランドみたいにしたい。」という発言を思い出す。

 これはサラッと言ったがこれは圧倒的発言だと思う。

こんな最高な野望のある音楽家は全世界で彼だけだ。もう一度言う、バーペガこそ最高のライブハウスだ。あと最近ちょくちょく思うんだけど、S-igen企画の「際限/再現(さいげん)」となみたすゐさんの歌声にどこかしら感じる「世界の果て」とかけてこの二人によるツーマン企画【際限/再現(さいげん)の果て】という企画がいずれバーペガで開催されるのを個人的にとても楽しみにしている。

 音楽も映画もショーも演劇も全てのエンタメがあのバーペガサスのビルディングの一室に収束しているあの感覚はもはやディズニーの雛形さながら。

 そういえば70年代、福岡天神に照和という喫茶があって若き日の長渕剛井上陽水など今や大御所である多くの音楽家が集って生演奏をしていた。恐らくそこで音楽家同士の切磋琢磨と向上心とマジックが生まれたのではなかろうか?

www.live-syouwa.com

そして今、中野新橋のバーペガにも同じ風を感じている。
何かが起こる予感と共に...。


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The special secret of making dreams come true can be summarized in four C’s.

They are Curiosity, Confidence, Courage, and Constancy.

夢をかなえる秘訣は、4つの「C」に集約される。

それは
「Curiosity – 好奇心」
「Confidence – 自信」
Courage – 勇気」
そして

「Constancy – 継続」である。

ウォルト・ディズニー(Walt Disney)

 

5.パーペガ名演コレクション

Case;1 吉田彩花(Saika) 5/3 S-igen企画pre.

 「五味夢中」


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本能のまま赴いた新たな芸術の扉。

星を求めた少年、一つの物語を。

1.カウントダウン
2.余計だ
3.不敵な迷子

「夜空に輝く星を求め走り続けてきた少年がズダボロに傷ついていたある日、人に踏みにじられようとも咲き誇る一輪の花を見てもう一度走り続けよう、と決心する」物語に
『余計だ』などの楽曲が更にドラマティックに盛り上げる、そんな今まで観たことあるようで誰もやってこなかった新基軸のパフォーマンス。

まさにこれは音楽家Saikaと役者 #吉田彩花 のコラボ。
s-igen企画がどんどん面白くなっていく。

そんな物語であると同時に、コロナ禍で闇に閉ざされてしまったエンタメに光明を見出そうと模索するs-igen企画 #吉田彩花 のアティテュードとも解釈可能だ。
パーペガという音楽LIVEスペースが一気に演劇舞台と化し『不敵な迷子』でエンディングを迎える展開は新たなエンタメのあり方を提示してくれる。

 

Case;2 吉田彩花 presents スナック彩花@バーペガ

 Day 1st 8/12(金)


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Setlist
1.オレンジ
2.カウントダウン
3.いつか君にとって
4.余計だ
5.サニー
6.きまぐれ

暴論かますが『いつか君にとって』演奏時、Southern All Starsの幻影がふっと降りてきた。
『愛なき愛子』リリース期ポップスの常識をぶち壊そうと試行錯誤していた当時の桑田佳祐と #吉田彩花 とがオーバーラップする。
エンタメの持つアバンギャルド性、s-igen企画にはいつもそれを期待してしまう。  今回の「SAIKA=SAS説」を更に象徴していたのが『悲劇のアルレッキーノ』のテーマ曲でもある『サニー』が間違いなく歌謡曲的アプローチがなされていた事。これは今までの「バーペガ×s-igen企画」の成果のみならず『太陽は罪な奴』での桑田佳祐のパフォーマンスを彷彿させる。「音楽とは、演劇とは、エンタメとは不要不急なのか?」という命題にコミットした『いつか君にとって』と更にポップスを全うする事の難しさをぶちまけたSAS『young love』とも重なる。
にしても本動画、4曲目直前のMCにてちょっとした「事件」に注目。
後の『Watch事件』である。

 

Case3;S-igen企画 presents スナック彩花@バーペガ

Day 2nd 8/13(土)


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Setlist

1.青の時代

2.サニー

3.道化師の部屋

4.ゴール

5.余計だ

6.むらさき

7.きまぐれ

様々な人の様々なLIVEを観ても『余計だ』ほど聴く度に表情が異なる曲はない。特に最後Aメロで締める部分の「不意打ち感」は毎回新たな歌詞が加わってるのかと思う。まるで吉田彩花氏が一貫して言ってる喜怒哀楽とは別の『第5の感情」そのもののような。これはPopsの新たな理想だと思う MVトークでもNana、Satoka両氏は対称的なキャラクターだったが本曲に対する印象だけは一致していた。 本曲から醸し出される穏やかながら野心的なニュアンスすらある不思議な感触。 ピカソが独自のstyleを確立しようと模索していた時期のタイトル。

本曲は今のs-igen企画そのものなのかもしれない。

 

 

*1:何が素晴らしいっていきなり「グ・ン・ゾ・ウ・ピ・カ・タ!」とイントロがまんま曲のタイトルであり、しかもバンド名でもあるというある意味画期的かつ最高最強のイントロ。「アートの本質」とは何か?古郡翔馬独自のシニカルかつピュアな視点で突き詰めた本曲。今までアコギ、アカペラ、ピアノとカメレオンの如く多種多様にアレンジされてきたが、本バンドver.は恐らく現時点で最高最強の境地である。

*2:

*3:群像ピカタの私的フェイバリット『人生クリエイト』。本曲ほど本編終了間際辺りでフロアでバンドも客も汗と涙でボロボロにながら聴きたい曲はないと思っている。今圧倒的に世界を変えてくれるバンド、ハングオーバーによる本曲はズダボロになっても突き進む強さが秘められていてとても好きだ。本曲は今後ガンガンどデカく大化けしていくんじゃないかという可能性を秘めている。曲の体温は極めて平常なのだがそれだけに「エモ」の配分が付加される余地が大きい。今後もどんどんクリエイトされていくていくだろう。

*4:8/13のトークイベント時に出演者Nanaさんも仰ってたけど「舞台→映像配信」って展開は非常にレアで面白い。だが逆に「映像→舞台」って展開の方が世界はもっとs-igen企画に気づくんじゃないのかなとふと意見として思ったな。これは演劇界全てに言えるんだけど。

『#辻占恋慕』(大野大輔 監督)をオルタナティブ・パンキッシュ・フォーク映画として音楽的に分析する。(ネタバレあり)

『#辻占恋慕』(大野大輔 監督)をオルタナティブ・パンキッシュ・フォーク映画として音楽的に分析する。*1

TABLE of contents

1. ド直球にフォークだけどパンクな作品

2. ライブハウスのリアリティ

3. 「月見ゆべし」から写像されるSSWたち

CASE1; Cocco

CASE2;植田真梨恵

CASE3;マリアンヌ東雲(キノコホテル)

CASE4;ハルカトミユキ

CASE5;鈴木実貴子ズ

CASE6;月見ゆべし

4. オルタナティブ・パンクについて再考する

 

1.  ド直球にフォークだけどパンクな作品

今回のブログのテーマはこちらである。


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話の内容は、ある売れない女性SSWが主人公で以下のストーリーとなっている。

ロックデュオのボーカルの信太(大野大輔)は、ギターの直也にライブをすっぽかされてしまう。そこにシンガー・ソングライターの月見ゆべし(早織)が手を差し伸べる。売れないミュージシャン同士の二人は、同じ30歳ということもあって意気投合。信太はゆべしのマネージャーとなり、恋人同士となる。しかし、二人の間には徐々に方向性の違いが生まれ始める。

今時流行らない昭和風のフォークサウンドを主軸に、物販でもCDはおろかカセットテープでしか販売せず、チェキ販売や3枚買ってサイン付きなどのような音楽業界にありがちな販売形態に強い拒否反応を示す硬派フォークシンガー「月見ゆべし」とその同棲相手であり、元バンドマンでありマネージャー信太を中心とした恋愛要素は極力抑えた人間ドラマといった所である。

では主な登場人物をあげよう。*2

🎸月見ゆべし/富岡恵美( acted by. 早織)言わずと知れた主人公。硬派なフォークシンガーとしてのスタイルを貫き通す。ライブの後エゴサをして逐一チェックするなど意外と現代的な思考なのかも。*3

🎤信太(acted by. 大野大輔)

主人公。元・二人組ユニットのボーカルながらも実力不足で活動にピリオドを打ち、ゆべしのマネージャーとなる。神経質で細やかな性格かと思いきやラストシーンのあれは圧巻....。

🎙菊地あずき(acted by. 加藤玲奈)

おじ様に人気のアイドル系シンガーソングライター。めちゃくちゃ計算され尽くしてて客層に合わせてフェイスブック中心に更新し続けたりとしたたかだ。でもヴィラン的存在ではない。

🎹一里塚郷(acted by. 濱正悟)

ゆべしの音楽の編曲を担当することになった音楽プロデューサー。リプペクトやらサジェスチョンやら英語をやたら使うよくいるタイプの業界人かと思いきや、ある種この人が一番ヤバいかも。

👘西園寺琴美(acted by.川上なな実)

ゆべしと同じレコード会社に所属する演歌歌手。介護職員兼業して、訪問して歌を聞かせる場所もそういう系統の所ばかり。「出会ってもすぐにお別れだから。」って名言だと思う。

 このメンツに加えて、映像劇団テンアンツなどでお馴染みのあの激渋ベテラン俳優、堀田眞三もゆべしと西園寺琴美の世話をするレコード会社の社長(と言っても二人だけだけど)としていい味を出した演技をしている。ちなみにこの堀田社長、スタンガンをよく持ち歩いているのだが、これが最後にいい伏線になっているのだ。個人的に最初に彼が出てきて次に花見のシーンでは車椅子に乗っていたから多分亡くなる役だろうなと不謹慎な予測をしていたがそうはならなかった。てかこの物語自体そんなにヴィラン的な役の人は皆無である。

 そして、誰もがポスターのビジュアルイメージや予告編の印象から察するように拘りを捨て切れずに世間と折り合いのつかぬSSWとその恋人兼マネージャーを題材にした今作は、今泉力哉監督の『街の上で』や、松居大悟監督の『ちょっと思い出しただけ』などの過去のヒット作に相通ずる、日々、下北沢辺りを徘徊してお洒落なスープカレー屋などで食事して、古着屋巡りをした後にK`s cinema辺りで映画を観にいくようなおしゃれカップルや、ベレー帽かぶって当然丸眼鏡の自称映画マニアをも唸らせるスタイリッシュでよくできた『サブカル映画』だろうなと思ったものだ。

.....あの〜訂正いたします。

ここまで書いといてなんですが、ほぼ上記の作品群とは違いました!!!

以下3つの点で大ウソです(爆)  

❶詳しくは確かに上記の通り、終始穏やかなトーンが下地になっているんだけど、詳細は敢えて言わぬが、途中序盤から中盤ぐらいで物凄い展開がきて驚愕するシーンが極めて痛快だってのがある、という意味での1ウソ。

 

❷そして中盤から後半ぐらいだろうか更にすごいのがきてこりゃゲラゲラ笑うしかねえな只事じゃねえ展開がドーンと来る、という意味での2ウソ。

 

❸そしてラストシーン、もうこれがとある人物から放たれる行動や一つ一つのセリフやカメラ割だなんだが脳みそ掻き乱されるぐらいぶち壊されまくってアイデンティティを丸ごとブチのめされるほどの事態になる程の今までの展開は何だったんだこりゃ??!!ってくらい驚愕するエンディングがあるという意味での3ウソ。

てかウソばっかり言って申し訳ないが、ハッキリ言ってトーンは静かなんだけど、本質的にめちゃくちゃパンクな作品なのだ、まぁ流れてくる音楽は尽く直球勝負にフォークなんだけどってセリフがあってそれ自体矛盾してるんだけど、更にフォークな上にパンクって事は更に矛盾を重ねてって事になるんだけど、そこまでカオスな作品ではない。

これは本当に実際に観なければわからない境地である。


2. ライブハウスのリアリティ
私は今現在ここ数年で割と月に数回はライブハウスに足繁く通っているタイプのライブオタタイプのだからこそわかる状況というものがあるが、本作を観ててここで描かれているライブハウスの様子にはもはや「既視感」しかないのに驚く。
舞台挨拶でも言ってたけど監督さん相当ここ最近のコロナ禍前後関係なく、ライブハウスの事情をものすごく調査&研究してるよね。
 ここを具体的に自分お経験談も交え紹介すると、まさに本編に出てくるような、曲の始まる前に長々と人生論なんだか歌詞の一分か曲だか見分けのつかぬものを唱えて数分ぐらいしてやっと曲に入る叙情フォーク系シンガーや、やたらLIVE中に客に手をこっちに振れだの揺らせだのアイドル系のリアクションを要求する、ルックスと愛嬌だけは良いキラキラ系女子SSW、あとこれみよがしにマーチンの底の厚いブーツ履いて顔色悪そうなメイクしてる自称メンヘラ系女ボーカルバンド、そしてそして、フロアの5〜7割ぐらい(この辺りの割合は演者によって変動するが)を占めるのは見た感じ、到底音楽好きとは思えない(失礼!)どこかゴルフかパチンコの帰りにふと寄ってきた風情の恐らく演者(主に上記のキラキラ系女子SSW目当て)の「娘」どころか「孫」に当たるんじゃないかってくらいの年季の入ったオーディエンス。
 もうこれが私の記憶の一部をこの監督さんが持っていって切り取ったんじゃないかってくらいまざまざとリアルな光景がそこにあったのだ!!

ほんと終演後の物販のチェキの売り方とか「俺のこと認知してる?」と女性SSW言ってくる客がいたりたりとかもう先週行った名古屋の某ライブハウスの光景そのまんますぎて軽いデジャブ感に襲われたほど。
 まぁ、かくいう私も本編でゆべしのセリフとして出てくる基本的に全身黒づくめで(黒しか持ってないんだもん)、物販でやれサインに日付やアカウント名書いてくれだのお願いしたり、ライブ終演直後におけるSNSではやれ「このサウンドにおけるカタルシス」だ「この気迫の歌声がメジャーフィールドを予期させる」だのツイートを連発する、まさに本編で出てくる典型的なSSWオタ・音楽フリーク要素を具現化したクリーチャーなのだが(注;あ、でもSSWやライブパフォーマンスへの理不尽なダメ出しなどの類はしたことありませんし、チェキでハートマーク作ったりは一切致しません笑)だからこそ早織氏演じる「月見ゆべし」のリアリティには稲妻が頭に落ちるレベルでうち震えたのだ。

 では、次の章では私の頭の中で浮かんでくる月見ゆべしに類した数々の女性SSWを例示して以下の劇中歌『じゃがいも』との比較を試みようと思う。*4


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3. 「月見ゆべし」から写像されるSSWたち

ではここで、私独自のライブ鑑賞経験から、どこか月見ゆべしを彷彿させる女性SSWたちを紹介したい。ただ注意してほしいのは彼女らは音楽活動の基盤はしっかりしていて、本編におけるゆべしのようなどん底状態ではないことを付加しておくってか別にいう必要もないか。

CASE1;Cocco

第七藝術劇場でも元町映画館でも舞台挨拶での質問時「憧れているアーティストはいるか?」という質問に彼女はこう答えている。「Coccoさんがとても好きで...」と。この発言を聞いた時私は非常に驚いた。なぜなら偶然にして鑑賞中どこか、その彼女が憧れてるという沖縄出身の押しも押されもせぬロックアーティストであるCoccoの持つナイーブさと真の強さを併せ持つ感じをベースにしている時期的には『Raining』辺りの印象を受けたから。

*5


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CASE2;植田真梨恵

植田真梨恵の福岡久留米市から単身で16歳ぐらいから大阪に在住して音楽活動を続け、メジャーデビューを果たして今もなお活動する意志の強さは正に月見ゆべしと共有するものがあると思う。あとパッと見からそう思ったけどどこかゆべしのルックス的に植田真梨恵のような少年のような凛とした強さとアンニュイさを併せ持つ感じがどこかゆべしのルックスとシンクロする。更に、太陽のような明るいポップスを中心とする音楽性のように見えて、実は古き良き『勿忘(わすれな)』などの美しい日本語の響きも歌詞に多様させるスタイルが類似しているのかもしれない。*6


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CASE3;マリアンヌ東雲(キノコホテル)

言わずとしれた昭和歌謡とガレージロックを融合させたキノコホテルのリーダー(or 支配人)であるマリアンヌ東雲である。*7

月見ゆべしのどことなく低めの声で喋る所とか、ラジオDJにギターで殴りかかったりとか割とSっ気のある振る舞いだとかが類似している。あと自分の高い理想を維持する上でメンバーチェンジを繰り返すなど拘りを持ったりだとかプライドの高さだとか、気品も併せ持ってたりする点があくまでフォークというフォーマットにこだわる感じが類似していると思う。*8


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CASE4;ハルカトミユキ

次に月見ゆべしの音楽性に関してはこちら、二人組ユニットであるハルカトミユキがうまく付合するように思う。あと曲調に関しては本編では「山崎ハコを湯掻いたような」という極めて絶妙な比喩が用いられたが、個人的には湯掻いていない山崎ハコやあるいは初期の中島みゆきというよりは『アパート』であるとか『絶望ごっこ』だの『僕たちは』だの歌ってた初期のインディーズデビュー当時のハルカトミユキなども彷彿とさせたりする。曲調としては断然完全フォーク調の『アパート』なのだが、MVとしての雰囲気がなんとなく『Vanilla』に近い気がするので上げておこう。*9


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CASE5;鈴木実貴子ズ

最後に、月見ゆべしの「世間に媚びない姿勢」であるとか「あと自己を表現する上でのこだわり」であるとか音楽自体というよりは「音楽性に対する確固としたアティテュード」は本ブログでも幾度か登場してレギュラー化している鈴木実貴子ズがそれに近いと思う。この辺りの記述は以下の過去記事で散々論じているのでここで繰り返す必要はないが、バンドとしての鈴木実貴子ズというより鈴木実貴子ソロワークの原点に近く、それらは恐らくフォーク主体ということもあって彼女とゆべしとを重ねざるをえない。

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そう、以上の考察から「月見ゆべし」とは今まで私が見てきたSSWの要素を全部そこに総合化というか具現化した印象を受けるに値するものだと結論づけたい。*10


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CASE6;月見ゆべし


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では、CASE 1~CASE5を踏まえ、月見ゆべしの楽曲で劇中歌として使用されている『じゃがいも』を検証したい。この曲の出だしからのボーカルの声がCASE3においてマリアンヌ東雲特有の低めのボーカリゼーションを下地にしつつ、更にファルセット気味に高音域に行く感じがどこか、CASE4のハルカトミユキのボーカルスタイルを彷彿させる。そして、歌を歌う時の真っ過ぐな視線飲む気は紛れもなく植田真梨恵に似ているのだ。以下の歌詞を見よう。

小さな小さな私の世界

平らな土地がないくらいのジャガイモみたいな愛しい星は

凸凹私の心みたい...

辺りの歌詞に顕著なように、風景を自らの心象風景に重ね合わせる感じはそれこそ『Raining』辺りCoccoに重ね合わせることができる。そしてワンコーラス終わって2番における「小さな小さな私の世界.....」以降明らかに同じメロディーの繰り返しなのにも関わらず徐々に曲の熱量が上がっていくのだが、その感じは明らかにCASE5の鈴木実貴子ズの楽曲にあい通ずる特性である。

 ちなみに神戸元町映画館での舞台挨拶で聞いて驚愕したのだが、早織さんがギターを始めたのが「この話をいただいてから」だったというのに驚いた。2017〜2018ぐらいから数年でギターを弾け、更に私が観てきたSSWのプロトタイプのような雰囲気を纏えるようになってって事か!

付記;これは4回目の舞台挨拶後のトークで知ったのだが、この歌は元々ミュージシャンであったゆべしの母親のオリジナルソングという設定だったらしい。道理でどこかこの世ならざるというか、幻想的なメロディかと思ったな。

あとラストシーンでひとしきり信ちゃんマネージャーがステージでぶちまけた後トボトボと帰るゆべしの姿があるが、あの場面では彼女はギターをもっていないことに気づくだろうか。あれは一旦ミュージシャンとしての活動もリセットさせたことを示唆しているという。そうしてみると最後の『辻占恋慕』という曲調がこの幻想的な『じゃがいも』とは対照的にどこか息を吹き返したかのような瑞々しい生命力に満ちた曲だと思う。それはMVでCocoonを表す段ボールから抜け出てギターを弾く彼女の明るい表情からも明らかである。そうするとライブハウス時に激怒して出ていく観客たちに紛れて去っていく劇団で女優をやっている友人の顔にかすかな笑みが浮かんでいた理由もわかる。

これをひとえに女優魂というのか、それにしても凄すぎる事実だと思う。そしてこの日は一曲のみ、『辻占恋慕』を弾き語りで披露されたのだが演奏直前「私が歌うときは完全にゆべしになりきって歌います。」とおっしゃってたのが印象的だった。その前は映画本編に比べ髪も切ってらっしゃって月見ゆべしの姿はそこにはいなかったのだが、演奏中早織という女優でもなく或いは現在演じようとしている何かでもなく、完全にゆべしがそこにいたのだった。*11

4. オルタナティブ・パンクについて再考する
 で、これは2度観て気づいたのだが、別にSSWや音楽ライブが好きだからという理由だけで本作にハマった訳ではないのだという事。

これはネタバレになるが、マネージャーである信太が、月見ゆべしのワンマンライブに来たライブハウスに来た客に向かって以下のようにぶちまけるシーンがある。

「お前ら全員馬鹿野郎!!!!!、ラジオで紹介されたからってテメエの意思持たずに来やがって!!!!!お前らに聞かせる音楽はねえ!!!テメエらみっともねえな、誰かに見られて生きていくなんて思うよな、家でセンズリでもこいてろ、金なら返すよ、受け取れよ(とお金をばら撒いて)帰れ帰れ!!!!」

などと本音と暴言のかぎりをぶちまけるシーン*12があるのだが、そのシーンを見てもうめちゃくちゃもう感動したのだ。もう映画の枠組みを超えて、スクリーンをブチ抜いてくるその瞬間に震えるのだ。

撮影を止めなかったからこそ映画のプロトタイプを超えた奇跡を成し遂げた『カメラを止めるな!』や、逆に上映を止めたからこそあそこまでのドラマティックな展開と感動をもたらした『サマーフィルムにのって』が、そして芸術(アート)という自らのアイデンティティを守るためにむしろ何もかもぶち壊しにかかったクライマックスシーンが印象的だった能年玲奈ことのん監督の『RIBBON』がそうだったように...。

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あとは映画のみならず、演劇文脈でも同じことが言える。

去年11月末に上演された吉田彩花主催S-igen企画「悲劇のアルレッキーノ」での最後の長田茜の本音(というより作品自体のメッセージ)ぶちまけシーンを彷彿としたのだ。

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この辺りのぶちまけセリフ最高すぎるからもう一回本記事でも上げておきたい。

私だって楽になりたいよ、もう考えたくない、

疲れたって言いたい。

クソミソに悪態つきたい。

死にたいとか言いたい。

可哀想だね、頑張ってるね、凄いね、偉いね、そんな時頑張らなくて良いよ。

可愛いねえ、幸せにするよ。そこに生きてるだけで良いよ、とか言われたい。

............んな訳ねえじゃん。

ダッサーって。

私はね、そういう奴が嫌い。

幸せなんて自分で作れよ。

どいつもこいつも人任せにしてんじゃねえよ。

裏切られた?

あんたの理想押し付けただけだろうがよ。

大体人の幸せ望んでる奴なんて「幸せになりたい」なんて言わないんだよ。

幸せじゃない方わざわざ選んで悲劇のヒロイン気取ってんなよ、くだらない!!

向き合う事が怖い奴の戯れ言。

そんな奴一生脇役だよ。

その同類で固まってチヤホヤしてるの見ると反吐が出る。

でもそういう奴を羨ましく思ってる私みたいな奴が一番反吐が出るわ。
何この台詞、めっちゃリアル.....

これらの映画・演劇には全て「怒り」や「苦悩」が下地になっていると思うし、本作含め上記の作品はこれらのシーンありきというよりもはなっからこのシーンありきで、我々鑑賞者にシュートしようとしたのだと思う。

【このシーンを伝えたい事がある作品】って意外と出くわすことがないもんな、ほんと先にあげた作品とかが当てはまるだろうし「Cosmetic DNA」や「ベイビーわるきゅーれ」なども含まれることだろう。
だからこそ我々はそういう映画がもたらす奇跡に驚愕し、やがて共感するのだと思う。

そして言うなれば、90年代にBECKNirvanaといった海外のバンドやアーティストのアティテュードがこの令和の日本の映画というフィールドにて具現化される事に驚きと期待と喜びを隠せない。

という訳で、以後本作をオルタナティブ・パンキッシュ・フォーク映画』と呼称したい。

そして先の「アルレッキーノ」の記事にも共通するが、この作品におけるグランジ素性というよかオルタナティブ性について検証しようと思う。先の記事の引用である。

その証拠として90年代中期にカート・コバーンの死によってオルタナティヴは終焉をむかえたわけではなく、その後シーンの顔に躍り出た3組のバンドが挙げられよう。

Nine Inch Nails (ナイン・インチ・ネイルズ)

Beck (ベック)

Smashing Pumpkins (スマッシング・パンプキンズ)

上記全てのバンド、実は全てキーワードは悉く「自虐」なのだ。

NINのボーカルトレント・レズナーはヘヴィなギターと機械の音とノイズを駆使し更に泥まみれでパフォーマンスするわ、スマッシング・パンプキンズのボーカリストビリー・コーガンは自意識過剰であったり、ベックもベックで「俺は負け犬さ 殺っちまったらどうだ」などという身の蓋もない自虐的要素を歌詞として全面に押し出したりすることで内面的苦悩や怒りなどを体現している。

そう、オルタナティブ性の特徴って自己を客観視出来る自虐性にあると思うんだけど、本作には自虐があるのだろうか。正に本作でも先ほどのマネージャー・信太の客への大暴言シーンを振り返ると明らかに現在の音楽シーンへの皮肉と批判性と自虐が吐露されているのだと思う。

その証拠として、本作を鑑賞後だからこそ尚更思うのだがなぜ日本の音楽業界はインディーズ時代には「尖った音楽家」として受け入れられていたのにメジャーデビューした途端に可愛くダンスさせたり応援歌歌わせたりゴテゴテなj-POP色に塗りたくるんだろうというのは正直に思うし、先ほど3章であげたSSWたちもどこかそういうポップネスとオルタナティブとの壁にぶつかって常に戦っている印象を受けるのだ。現に信太自身「JPOPに毒されてる奴ら」を敵対視しているように思えるセリフがあったりするからだ。

そこで考える。なぜ尖った姿勢の音楽家はその尖った音楽性を原点としてそのまま成長する土壌が与えられないのか、なぜ海外の、ことアメリカやイギリスのアーティストやバンドのようにアナーキズムを持ち合わせたままマジョリティな存在になる事ができ、更にそれを必要としているファンダムも存在するはずなのにどうしてその辺の壁が閉ざされてしまうのだろうか、そこに疑問が浮かんでしょうがないものだ。

 例えば、Lady Gagaを例に挙げてみよう。彼女は一昨年のアカデミー賞受賞を経て、既存のコンセプチュアル方面から遠のいて、オーソドックスなシンガーソングライター路線に行くのかと勝手に思ってたニューアルバムのアートワークや最近行われたライブツアーの模様を見る限り原点回帰、というよりも『Born this way』をさらにアナーキズム全開で進化させた感じの路線に戻っているではないか。あとBeyonceもバキバキに攻めに攻めたアルバムをつい先週リリースしているし、海外のアーティストはいい意味でインディーズ精神がメジャーになっても生きていて、それを受け入れる土壌があるというのはとても羨ましい事だと思うのだ。

この辺りの論は更に突き詰めいずれの記事のテーマにしていきたい、てか『辻占恋慕』から脱線しまくってるじゃないか(笑)

 最後に、本作の流れという意味でもオルタナティブな音楽アルバムとの共通性について述べてこの10779字以上にも及んだ本ブログにピリオドを打ちたく思う。

 この映画を観てて想起せざるを得ない曲は3曲。

まずはMOGWAIというグラスゴー出身のバンドの『Come on Die Young』辺りの初期のサウンドを思い出した。最初に言った通り、物語自体は終始穏やかなトーンで曲を進めていくんだけど、時折思い出したかのように物凄い地響きのような轟音&爆音サウンドに進化してまた戻る感じが本作にはある。


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次にSonic Youthが1999年あたりにリリースした『NYC Ghosts&Flowers』に収録されている正に8分以上にも及ぶタイトル曲『NYC Ghosts&Flowers』だったりだとか、今やアイスランドを代表するオルタナティブバンドであるsigur rosが2002年辺りにリリースした『( )』というアルバムのやはり10分以上にも及ぶ壮大なラスト曲『#8』という無題の曲の流れを思い出したりして。
 とにもかくにも、一つの映画作品を観て、過去のスタンダードな映画作品を思い出して比較するのではなく、そのアティテュードを読み取って、音楽という別ジャンルのものと同一視してそこに共感することができるのは、つまりは映画というジャンルを超越した何か、なんだろうと思う。

そもそも【映画鑑賞】というより一つの音楽アルバムを聴いているようなグルーヴすら感じるのだ。
  というか、そもそも今の世の中で「映画」だの「音楽」だの「演劇」エンタメをジャンル分けする事自体がおかしいのかもしれないとは以前からずっと思っていることだけれど、正に本作品はそういう見方を促してくれるものだと断言して良い。

 

Appendix

3回目・4回目以降にツイートと所感

 

 

 

 

*1:本分析はFilmarksの本作に関する該当記事に加筆・修正を加えたものである。

filmarks.com

*2:オフィシャルHPは以下の通り。

tsujiurarenbo.com

*3:早織さん自体のTwitterアカウントは早織おぼえがきなるアカウントは存在している。月見ゆべしがSNSカウントを持つことは想像し難いが、鑑賞してこういう記事を書いた今、エゴサの為、情報提供のためにむしろこういう感じのアカウントを持ってそうな気がする。

*4:海外の70sのSSWであるキャロル・キングなどを感想にあげる人が多いが敢えてドメスティックな女性SSWにこだわります。

*5:CoccoのオフィシャルHPはこちら。

www.cocco.co.jp

*6:植田真梨恵のオフィシャルHPはこちら。

uedamarie.com

*7:ちなみに私が東雲を「ひがしぐも」と読んで恥をかかずに「しののめ」と読めるようになったのは彼女のおかげである、というどうでもいい情報。

*8:キノコホテルのオフィシャルHPはこちら。

www.kinocohotel.info

*9:ハルカトミユキのオフィシャルHPはこちら。

harukatomiyuki.bitfan.id

*10:鈴木実貴子ズのオフィシャルHPはこちら。

mikikotomikikotomikiko.jimdofree.com

*11:

*12:このくだり結構うろ覚えだが大体こういうこといてる、今度観たらメモして正確バージョンを記録しときたい。まだ2回目に行った第七藝術劇場では今日が終わりなんだけど、シアターセブンでまだ上映するみたいだし。