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加藤昌史著『10秒で人の心をつかむ話し方』レビュー

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この本の著者、加藤昌史氏は日本を代表する人気劇団の一つである演劇集団キャラメルボックスの製作総指揮、いわば劇団内での総合プロデューサーを担当されている方である。
他にも劇場で使用される音楽の選曲などの音楽プロデューサーであったり、劇団会社の社長でもあったり、当初は俳優もされていたり、あとラーメン研究家(!)であったりと、そんなウィリアム・シェイクスピアウォルト・ディズニー級のマルチな才能を持つ彼が 、なんと劇団創設(1985)以来、(本書の言葉を借りるならば「責任者出てこいって言われる前に前に出てる」をモットーに)演劇が始まる前の説明係、いわば「前説」をず〜っと担当しているのだ。
 これまでの劇団創設以来32年にわたるギネス級な数を誇る前説数(なんと合計4000回!!!)の中で培われた前説の破壊力は一言で言えば、「すごい」、「圧倒的」、「もはや演目レベルのエンターテイメント性」(←最後のは一言じゃないけどw)を誇るといっても過言ではない。
 個人的にはこれまで演劇集団キャラメルボックスの舞台は『クロノス』の初演(2005)以来約10年間以上、20回ほど様々なタイプの演目を観劇してきているのだが、まだ開演前の、役者のいないセットだけの無味乾燥な無人の舞台袖から少し照明が明るくなって、彼が「どうもっ!!!、ようこそいらっしゃいましたーっっっ!!!!!!」とハイテンションな高めの声で走りながら出て来た瞬間から劇場の雰囲気がものの見事に一瞬でキャラメル色に染まっていく。そう、あの舞台を観に行かれた人ならわかると思うのだが、あのキャラメルボックスならではの「あの何かが始まるようなワクワク感・ドキドキ感溢れるあの空気」へと一気に変化するのだ。ストップウォッチで測るとすればそれはわずか10秒程度の一瞬の出来事。
 
そこでハッとあることに気付く。

このいわゆる「前説」とやらは従来我々の頭の中で考えているいわゆるお笑い芸人の漫才であるとか、イベントなどでのオープニングアクト、注意事項伝達などの種の通常我々が想像する「前説」とは全く異質のものであるということである。ましてや携帯・スマホのスイッチオフモードにしたりするためだけの時間でもない。
 もはやこの前説が始まって数十秒たった時点でキャラメルボックスの演劇を見に来た観客の大半の心が「演劇に、いやキャラメルボックスに心ワシづかまれモード」となってしまっているのだ。また、言い換えるならあの時間は、演目の一部の中でも観客と舞台との間で交わされる貴重なコミュニケーションの時間と捉えた方が適切なのかもしれない。
こうしたコミュニケーションがあってこそ、観客は皆、前説の後に続いて行く約2時間もの長丁場となる舞台に安心して集中して没頭でき、時に笑い、泣き、怒り、共鳴し、最後に役者たちに惜しみない拍手をおくることができるのだ。そればかりでなく、観客の多くはカーテンコールの際に必ず客席の先頭付近に立って(前説の時とは違って)ひっそりと客席と舞台とをしっかり見守って一礼してくれる誠実な彼にも拍手の手を向けることも忘れない。そして終演後、余韻冷めやらぬ(演目内容によっては涙止まらず!?)の数多くの観客がロビーに立って見送りをしてくれる彼と何かを伝えたくて、何かを共有したくて話しかけに行く光景が頻繁にみられるのももはや自然な流れなのだ。

 そうなってくると、そんなわずか10秒程度でここまで人の心をつかむ達人である、ミスターキャラメルボックス加藤昌史氏の脳内って一体どうなっているのだろうか、とふと疑問に思ったりする。本書は、そんな我々の素朴な疑問に答えるかのように、彼がこれまでの舞台で培ってきた前説経験を含んだ様々な舞台人生の中から、人とのコミュニケーションに必要なあれこれを、タイトル通り主に「話し方」に焦点をしぼって分かりやすく教えてくれる指南書である。

この本の構成は、第1章「声」、第2章「顔」、第3章「姿」、第4章「テクニック」など様々な側面からいかに我々が「人の心をつかむ話し方」に近づけることができるか具体的なアドバイスがなされ、さらに後半ではもっと具体的な自己紹介法や、実際に劇団内で行なわれているトレーニング法など実践の仕方までが詳細に述べられている。また、架空の若手社員、畑中トモユキさん(←どっかで聞いたことある名前だけど、まあいいか(^^;;)との「コミュニケーション人生相談」のような対談コーナーを通して、自己の話し方次第でいかに他者が心を開いていくかに関して、時に具体的に、時に加藤氏独特のユーモア溢れる表現などによってこれまたわかりやすい説明がなされているので読み物としても十分楽しめるものである。

 いずれにせよ、我々読者がこの本を読み終える頃には、例の「どうもっ!!!、ようこそいらっしゃいましたーっっっ!!!!!!」というあのハイテンションな叫びって実はテンション任せそのものではなくて彼の脳内で巧妙に練られたひとの心のど真ん中、そう某ゴルゴ氏並みに正確に心臓部を撃ち抜くバズーカ砲だったということに改めて気付かされるのだ。

 恐るべしミスターキャラメルボックス

また、本書は、最近「コミュ障」「メンヘラ気味」「非リア」「腐女子」などといったネガティブ要素を自己紹介に盛り込む人が身近でもSNSでもホントに数多く見受けられるのだが、そんな自己を自虐視しがちな最近の風潮に対して「そんなことでは人の心は掴めませんよっっ。」とゲキを飛ばしてくれるそんな現代人への「メッセージ」としても有効なのかもしれない。

で、例によって長々と綴った本レビューであるが、最も言いたいことは全て表題に集約しているんだけどね。

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