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pod'z(ポッズ)全楽曲爆裂レビュー〜流れつぐ歴史が伝えるポップミュージックの真髄とは〜

pod'z(ポッズ)全楽曲爆裂レビュー〜流れつぐ歴史が伝えるポップミュージックの真髄とは〜

0章. ポップカルチャーのあり方とは?

第一楽章: アルバム『106』レビュー

1.『クロヨア』

2.『ペアカップ

3.『レイダー』

4.『kona』

5.『Bull』

6.『つくりもの』

7.『ねえ。』

8.『声』

9.『Berry』

10.『ワッツ・ライク・ミー』

11.『アイアイ』

12.『Oh!』

13.『ヤサシイウタ』

第二楽章: Sg『シェルティ』レビュー

1.『シェルティ

2.『アイビー』

3.『すき』

第三楽章: Sg『when I』レビュー

1.when I

2.san

3.ひとつだけ

第四楽章: Sg『ヤサシイウタ』レビュー

1.ねえ。

2.BGM

第五楽章: Sg『レイダー』レビュー

1.レイダー

2.つくりもの

3. yo-eb

第六楽章: Sg『ケミー』レビュー

最終章:  ポップカルチャーのあり方ふたたび〜mini album『-classical-』へ

Appendix; pod'zフリーライブCOLLECTION

🎤2024.3.9(土) KYOTO TOWER SAND 

🎸2024.3.16 @京都立誠ひろば 

🎹2024.3.17/pod‘z @梅小路公園


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0章. ポップカルチャーのあり方とは?

4月28日に梅田ラテラルにて開催された「戦時下のポップカルチャー最前線」という配信ありのトークイベントでの出来事である。そこで映画・音楽評論家の田中宗一郎(通称;タナソー)氏がポップカルチャーに関して以下のように定義した。

19世紀後半から映画でも音楽でも演劇でもそれについて書かれた書物、原稿、評論というものがあって、それにアクセスできる観客の存在があった。その観客と評論家と作家が一つの作品というもので結ばれたトライアングルというものが成立していて、その一つが欠けたら素晴らしい豊穣な作品は生まれなかった。その意味においてものを作るときに大事なものは歴史への尊厳だ。

いや〜、最高なるほど!!!これもうもう死ぬほど納得した。

正に音楽文脈では音源として残ったものをガッツリ聴いてそれを言葉で表現する事の重要性。予め言っておくとLIVE、コンサートの類は作品ではないと思う。

一概に「伝説のLIVE」とは言ってもその「伝説」の基準は極めて曖昧だけどアルバムにおける「名盤」の基準はハッキリ定義できるからだ。私は常日頃からそこには拘りを持っていきたいと思っていて、音源を客観的に語る事はポップカルチャーの歴史を語り継ぐ事とイコールだから。SNS社会になって「音楽なんて楽しく聴けりゃ良い。言葉は不要。」等という輩が急増しているが私はそれは大きな間違いだと思うなぜならポップミュージックとは「過去の遺産の積み重ね」だから、時代が進むにつれ益々多くの引用や文献が積み重ねられていて、それらをより享受するには殊更に言語化が必要とされる。暴論かませば言語化も音楽の一部なのだ。そもそも、我々の日常に密接・共存する「ポップミュージック」とは、ジャズやクラシックや環境音楽などの他のジャンル以上に、ある種の中毒性をトリガーすることがある。脳内アドレナリン分泌させ快楽をトリガーする合法ドラッグとしてのポップスである。だからだろうか、ポップシンガーとはパンクやアバンギャルド志向の人達より変人が多いんじゃなかろうかとか思ったりする。60年代から例を挙げれば、ポール・マッカートニー然り、マイケル・ジャクソン然り、ジョージ・マイケル然り、レディ・ガガ然り、あと日本でも井上陽水桑田佳祐ASKAも、椎名林檎、宇多田ヒ...(以後省略....誰でも名前をご自由に入れて下さいませ。ほぼあってるからw)古くからポップミュージックを作るものほど全員全員一癖も二癖もある連中ばかりである。その意味で最近思うのが「尖った姿勢を見せる」とか「過激な歌詞を歌う」とか「アバンギャルドなパフォーマンスをする」音楽だとか演者達ってのは実はそれほど重要ではなくて「無意識に何度も聴いてしまう精神的快楽を促すポップミュージック」ってのが実は最も過激でアバンギャルドで尖った音楽なのではないかという事。そして正に今回はそんな日常に寄り添う中毒性を促すポップバンドの音楽を全てレビューしたい。

 そのバンド名はpod'z(ポッズ)という。京都出身、アコースティックトリオと称され、ボーカル、ギター、キーボードというシンプルな編成ながらPOPSの煌めきとROCKのダイナミズムとalternativeの批評性と音楽がもたらすメッセージ性という全てを兼ね備えている、正に音楽にジャンルがあるならば彼ら自体がジャンルである。

そんな彼らについてオフィシャルホームページとbiographyである。

podz.jp

エネルギッシュなボーカルのhanna(写真真ん中)
リズミカルなギターと迫力あるコーラスのimai(右)
時に優しく、時に力強くリードするピアノのkai(左)
それぞれ違う個性をもった3人から生まれるポップでもない、ロックでもない、新しくどこか懐かしい音楽は唯一無二。
楽しい曲から、シリアスな曲まで多彩な表現力で聴く者を引き込む圧巻のライブパフォーマンスは必見!

そして2024年内にこのpod‘zというバンドが今まで以上に大飛躍して更にブレイクスルーを果たす気がしてならないのだ。
そして本記事では5月29日にリリースされる新譜『classical』に至るまで、現在リリースされている音源全25曲全てのレビューをしようと思う。
*1

  (左から kai (key) hanna(vo.) imai(g&ch.))

第一楽章: アルバム『106』レビュー

身近な他者、自己、世界と視点は様々だがどこか真っ直ぐに語りかける13もの視線の強さが印象的で一曲目『クロヨア』からラスト曲『ヤサシイウタ』に至るまで一曲たりとも飛ばす事のできない現時点でのpod‘zの代名詞的スタンスとなる傑作フルアルバムである。或いはキラキラした感情の断片を写像したような全13曲。本当に凄いALだ。何のギミックにも頼らずに声と鍵盤とアコギだけのシンプルな編成なのに、だからこそ曲のエッジが引き立つのだろう、とにかく聞き飽きる事のない13もの音像達。ドラマティックでグルーヴ感のある演奏と日常に生きる僕らを土台としながらも時折突き刺すようなフレーズが織り込まれひたすら心地よい。

 なんて事ない日々だからこそどこか苛立ちや不安に満ち溢れていてそれでも立ち向かわざるを得ない強さをも秘めたこの曲を喰らいこのバンドは今後とも聴き続けようと思った。『kona』で全ての音が鳴り始めた瞬間誰もが脳天を稲妻で撃たれたような衝撃を覚えるだろう、正に探していた音像がここにある。


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1.『クロヨア』
この曲はライブ一曲目でもラストでもいけるLIVEアンセムである。

いつかキミとくだらない話でもしたいし

LIVEではこの何気ないようで、だからこそかけがえない日常のワンシーンを全力で肯定するかのように歌う。
そこに途轍もなく感動する。いかに『クロヨア』がLIVEで重要な曲か「私達に会いにきて!!っちゅう曲やります!」と紹介し、間奏でメンバー紹介がフィーチャーされている事からも明らか。因みに【クロヨア】というタイトルは「Close your eyes」を言い換えた表現である。ただ目を閉じてこの音像に耳を澄ませたい。更に『クロヨア』【くだらない話をしたいし】の「したいし」に関して「したいよ」や「したいな」だとありきたりなJPOP構文になるのだが敢えて「し」という京都ルーツの接続助詞を選択にした所にリアルな口語的表現を音階にのせようという拘りがあるような気がする。「したいよ」とか「したいな」という語尾だといかにもありきたりなjポップ構文て感じなのだがこの「したいし」が口語的で凄く心地良い。

この「し」に京都出身のHanna氏の人間性がギュッと凝縮されてる気がする。あと後述するが奇跡的に凄いと思うのが『シェルティ』の「もっと大切にもっと過ごせたな...」の「もっと」が強調されてて「MOTTO」よりむしろ「MAT(マット)」に聴こえる点。「もっと」より「まっと」があのメロディーに符号した時のカタルシスがたまらない。

 

2.『ペアカップ

コーヒーカップに詰め込まれた

私のこの気持ちはどうすんの?
いつまでたってもあんたは

どこぞの女とどったらこったらしてますの?

冒頭のもの悲しい感じからスリリングなアレンジに急展開する事によって「折角の休日。どこぞの女に浮気をされてしまった女性の複雑な心情」を描いたと言うpod‘zの幅の広さを堪能できる一曲。哀しくもどこかユーモラスに響く。

 ちなみに3月に開催された梅小路公のフリーライブにて「ペアカップ 」に関してちょっとした奇跡が起こった。ライブの開始前その辺で遊んでた子供達がスタッフに「ラップは歌いますか?」と聞いてて「pod‘zはヒップホップじゃないからな笑」とか思ってた矢先にテンポ良い本曲に彼らは喜んでいた。
正に podz 曲のポップ性を裏付ける事実だ開始前その辺で遊んでた小学生グループがスタッフに「ラップ(演奏)する?」などと聞いていたのだ。そのやり取りを側から聞いて「pod'zはヒップホップじゃないからな〜。まあ”ペアカップ“ならラップっぽいけど。」とか思ってたら本当に演奏してたのめちゃくちゃビックリ(笑)。
現に彼らも飛び跳ねてたのだ。
これを 【podz マジック】と呼ぼう。

 

3.『レイダー』

現実の重みにふと押し潰されそうになった時に立ち止まり、ふっと肩を叩いてくれる過去の自分を写像したような楽曲である。

退屈なキレイ事 
くだらないし聞きたくない
ダサい姿は見せられない
でもちがった 

ちがったな

昔小学校の中庭だったこの立誠ひろばでのLIVEでは、そんな情緒ある場所にいて、内省から光を紡ぎ出すような本曲はpod‘zに成しえない音空間を構築している。最新曲『ケミー』の振り切った心象風景の前夜の光景とでも言おうか、pod‘z曲の中でも特に内省的な部類だと思う。

再録したアルバムver.では「ちがったな」のくだりがエモーショナルに力強く心に響く印象がある。

実は『レイダー』はシングルバージョンも存在してて、ここでは3曲ながらpod‘zのポテンシャルを十分に堪能できる。表題曲は『106』バージョンより以前にレコーディングされたのが【違ったな】という一節の歌い方からも分かる。


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4.『kona』

穏やかな歌声から始まり、序盤で荒野で新芽が息吹き、太陽光を浴び新緑の候を経て一気に花が咲き誇っていくような壮大なアレンジにただただ圧倒される。

不意に見つけた
その作った笑顔のこと
今日は何を想うの?
そっと横顔のぞいた
心の中がもっともっと
知れたらいいのに

このくだりは何億回聴いてもエモい。

話は脱線するが演劇集団キャラメルボックス演目のオープニング曲にピッタリだと思う。壮大な展開になる所で役者全員颯爽と現れたダンスしたら感動100億倍増し。と、ということを時々妄想して勝手に鳥肌立たせて感動してるくらいだ(笑)
そして、本曲は天野花のオリジナル名曲『girlfriend 』にも相通じる「分かり合えないからこそ人は歌を歌うことに意味を見出す理由」が内包している。

*2


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そしてさらに本曲の以下の歌詞を検証したい。

ねえ、聞いて
言葉は軽くて
想いの半分すらも
届けれないけれど

このフレーズは、70年代末辺りから日本のポップミュージック界の第一線を走り続けているASKA(ex.Chage&ASKA)の『月が近づけば少しはましだろう』というライブでもレパートリーになっている壮大なバラードのこのフレーズを彷彿とさせるものだ。


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角を曲がると

いつも 消え失せてしまう言葉だけど

心の中では 切れて仕方ない
この指の先でそっと拭きとれるはずの

言葉だけど積もり始めたら

泣けて仕方ない

『月が近づけば少しはましだろう』も『kona』も言葉における儚さやフラジャイルさに気づきつつも実はその言葉が持つパワーをも同時に感じていると言った意味においてシンクロする。そして『kona』は間違いなく現時点でのpod’zの代表曲であり日本のPOPSの頂点に君臨する大名曲である。

そんなpod’zの代表曲『kona』はMVもまた素晴らしいので概観していきたい。 

本曲の歌詞は【日常における他者との対話】がモチーフにあっりつつも曲全体としてそこにとどまらないある種の普遍性を有しているものだが、MVでもそんな楽曲の魅力を最大限に引き出している。pod'zが恐るべしなのは客とステージを一体化させる盛り上げ曲もありつつ静かに壮大に歌い上げる本曲のような大曲も存在するのだ。

  そういえば3月の京都でのフリーライブにて本曲を演奏した際、通りがかりの欧米系の外国人が真剣に聴いてたが、もしかしたら彼らには80年代の大名曲Kansas『Dust in the wind』のメロディの美しさを思い浮かべたのかもしれない。


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5.『Bull』

pod‘z曲には「内省的な問いかけ」からの視点の歌詞が存在するが本曲も例外ではない。

守るべきものは心の中の

誰にも分からない場所で

知られずに取り残されて

見捨てられ憂い嘆くの

だからこそイントロから全力で振り切ったドラマティックなアレンジが世界を引き立てる。「何かに挑戦する人に送ります」と言って放たれたLIVEでは音源以上にキーボードやギター等の個々の楽器が一層際立って聴こえる。その時私はpod‘zとは単なる音楽の集合体ではなくHannna、Imai、Kaiという3人のプレイヤーによる音像がもたらすケミストリーだと悟ったものだ。そして次にフレーズを見てみよう。

未来(さき)の僕は無事かい?

ここでいう未来とは或いは podz 革命前夜の光景かもしれない。


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6.『つくりもの』
 突然だが「批評」について定義したい。私が思うに、批評の出発点とは、ただ闇雲に仮想敵を攻撃するのではないのだ。今自分が立っているその地点にこそ救いがない事を認識する事が重要だと思う。今この地点にいる俺はゴミのようだ、でも思らはもっとゴミだからなというヤケクソ感にも似た感情の塊から何かが生まれるものだ。

そしてこの曲はそんなことを思わせてくれる。

ラストエンドロールめちゃくちゃでジャスト

ルールなんかしょせんないし

下手くそでいい

ここにいるんだからマスコミのように粗探して

悪ノリで今日も審査員席

いらない、いらないよ

そんな絶望の地点から世の虚像達に「No!」を突きつけた本曲は、pod’z最強のパンク曲。ちなみに本曲にはシングル『レイダー』に収録されているバージョンも存在して曲展開のダイナミズムは同じだがもっと初期衝動荒削りさに満ちている気がする。正に「うた」とは「音楽」とは決して本曲で歌われる虚像(=作りもの)ではない事を示唆しているのかもしれない。

 

7.『ねえ。』

話をしようよ

どんな言葉も

話をしようよ

何も聞こえず塞いだ

その耳ちょうだい

pod’z曲に一貫しているのは【他者への問いかけ】。それは『kona』の「キミ」であったり、『声』における「世界」であったり、『すき』の「内なる他者」であったり。
そして本曲は「問い」にフォーカスし、メランコリックに音像化する事に成功している。

 

8.『声』

『声』は出だしの部分にハッとしてしまう。

「虐待の疑いがあります」

今日もニュースで聞こえた

満足するのはただ一人王様気取りで支配かい?

小さな命はあなたが容易く壊していいのですか?

まるで児童虐待育児放棄などに正面から立ち向かった2018年の名作映画『ひとくず』(上西雄大監督)を思わせるセンセーショナルなフレーズから始まる。*3この曲はpod’z曲でも、シリアスな現代社会の世相を写像した楽曲と言えよう。「(あなたの代わりに)私が叫び歌うよ」本フレーズの意義はとても深い。

 

9.『Berry』

淡々と鳴るアコースティックギターと深夜に呟くモノローグのようなウィスパーがかかったボーカルというpod’z曲でもミニマル編成による静謐さを極めたような楽曲である

愛しく笑ってほてった

顔見せてよ

私をみて

覚えてる?

初めて交わした言葉

「僕と同じ所にほくろがあるね」

他者への追憶の果てにあくなき語りかけ。これはあの『kona』の心象風景のようでもあり、後述するが『すき』とどこかシンクロするようだ。この曲にはライブ用の疾走感バージョンというものがある。5月28

日の心斎橋での夜を灯してでの初聴きだったけど、あのテンポだからこそのエモさが増してくる感があった。

 

10.『ワッツ・ライク・ミー』

仕事終わりにコンビニのビール買ってさ

なんかベランダで月を眺めてみたんだ

「中年サラリーマンの心象風景」をまるで小沢健二『ラブリー』のようなテンポでソウルフルに歌いあげる、というpod‘z曲にしては珍しい歌詞世界の曲だが、LIVEでは高確率で放たれる。
本曲ではこの中年男性が思いを寄せているらしき「事務のマリ」さんが出てくるんだけどこの運命はどうなるんだろう。

本曲の私的ツボは「大人の世知辛い歌」と前置きしつつも
「この歪んだ景色や荒んだ意識もそんなに悪くないなって」というポジティブな光も忘れない点である。そう、世の中全て完璧である事が正解だけではない事を教えてくれる。人間は黒白付けたがるがその中庸である事の大切さも存在するのだ。

 

11.『アイアイ』

「1、2、3、hey!」という元気の良いカウントから始まるpod’zでも珍しいカントリー調のhanna ~imaiのツインボーカル曲である。

何気なく過す日も
もう全部に意味あるとか
くしゃくしゃな笑顔で話すから
信じてみるよ

そんな中「何気なく過す日も、もう全部に意味ある」という日常生活におけるPOPSの役割が何気に歌われる所が彼ららしい。

12.『Oh!』

LIVEではラストを締めくくる事の多い、『クロヨア』に匹敵する盛り上がり必須のLIVEアンセム
歌詞はオプティミズムを全面に出しつつも

Grim face oh NoNo!

kindly smile 指を鳴らして

Funny face oh Awesome

Happy!声を重ねてけ

広がる空気満たしていこうか

の辺り突如pod‘z特有の美メロにハッとする。今後も大化けしそうな曲だ。『Oh!』はpod‘zとオーディエンスとのコール&レスポンス&シンガロング曲の一つ。
そして曲演奏の合間にHanna氏はこう言った。
「いつでも気軽に会いに来てもらえたららその都度その都度皆んなに届く歌を歌っていきたいと思います。」
正に本曲は再会への約束の歌なのだ。


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13.『ヤサシイウタ

pod’zが普通のバンドと一線を画す点は、聴き終わる頃に何とも言えぬ高揚感と圧倒感に溜息をついてしまうほどドラマティックかつ壮大に広がっていくようなサウンドスケープを有する点だと思う。正に本曲はそんな彼らの魅力を象徴している。本曲のコアは「静寂」と「ダイナミズム」との融合にあって、間奏でピアノとアコギに見守られ眠るように俯いていたHanna氏が徐々に演奏のテンポやスケールが増していくにつれ歌い始める。

誰かが唱えた壮大な平和

僕にはちっとも馴染めないもので

僕ら日常で語り合う平和

どこもかしこも歪みがあるもので

平和への祈りが込められた歌詞に添えられるコーラスも力強い。「何を持って正義と成す?」と静かに問いかけるのは昨今のSNS上でも度々巻き起こる議論の命題そのもののようだ。


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第二楽章: Sg『シェルティ』レビュー

3曲ながらもinternalな心情を歌った『すき』、externalに放たれた『アイビー』、そしてその中庸をいく『シェルティ』とpod‘z曲のバリエーションを全て表現しきっていて、シングルというよりミニアルバムばりの濃さを感じる。

 

1.『シェルティ

ピアノのイントロ、郷愁的な歌詞、美メロを包み込むようなストリングス...全てが絶妙なバランスで成り立ち聴衆者の心のひだをえぐってくる紛れもなくJPOP史に深く多くの人の耳に残るべき大名曲である。

ずっと覚えてる大事な記憶と

ちょっと忘れたいあの日があって

「大事な記憶」と「忘れたいあの日」に揺れて生きていこう。淡々としたイントロから徐々に体温が上がっていくメロからノスタルジー溢れる歌詞からストリングスから全部私の胸の深い所をえぐってくる。
人は皆「大事な記憶」と「忘れたいあの日」に揺れて歯を食いしばって生きていく。そんなPOPSの理想が鳴っている。#シェルティとは【シェットランド・シープドッグ】の愛称を指す。
歌詞の内容から登場人物がかつて家族の一員として暮らしていた愛犬「シェルティ」との思い出がモチーフとして綴られていると解釈できるのだがどうだろう。

そして本曲のMVが本当に素晴らしいので概観してみよう。
ある女の子が日常のあれこれにちょっと疲れてあの頃いたあの地へ赴き、大事な過去の記憶たちと再会するいわば「日常のロードムービー」とでもいうべきちょっとしたインディーズ映画のワンシーンのようになっている。個人的ツボは2:41〜のピアノソロと映像とがリンクする点である。


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2.『アイビー』

昨年末、西梅田公園でのフリーライブで「ロックでもポップスでもなく新しくどこか懐かしい唯一無二の音楽」とアナウンスされたが正にそれを象徴しているような2分間のpod‘zマジックがここに。

窓際に飾るかわいい葉っぱが

あの棚についた時に言おう

これは個人的にいつも思うのだがFM802のパーソナリティ加藤真樹子の番組にとても似合ってて、特に「ランランラン🎵」のコーラス部分など「アップビート」の定型コーナーのBGMにピッタリではないか。それはともかく本曲の威力が音源を超えて最大限に発揮されるのはLIVEにおいてこそだと思う。冒頭の手拍子や後半の【もっと もっと…】での客席との一体感を構築する事で本曲のトータルタイムが2分間に満たない事が信じられないくらいの奥行きが感じられる。正にpod’zマジックだ。


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3.『すき

自分がきらい

自分がきらい
そんなこと思って
過ごしている
愛したいな
愛せないな
そんなこと思って
過ごしている

こちらもモノローグのような一曲。
ただ『Berry』と違う点は【ただ一緒にいていたかった】という繊細な恋心を綴りながらも【今心臓えぐって時間を止める】という言葉のエモーショナリティがpod‘z特有のドラマティックさへと結実している。

 

第三楽章: Sg『when I』レビュー

『when I』も『san』も『ひとつだけ』も視点は異なれど伝えたいメッセージは同じだと思う。

1曲目「世界と私」
2曲目「他者と私」
3曲目「私の感情」

という徐々にマキシマムからミニマムなテーマに移行する3曲の流れはさながら夜空の雲に霞む朧月のようであり朝方のフライパン上で揺れる目玉焼きのようにも見えるこの以下のアートワークにも表れている。

それが世界に向けられようとも他者だろうと内面だろうと大事なのは日常に寄り添う「うた」である事、それをpod’zは一貫して表現している。そもそも音楽とは安らぎをもたらしてくれるだけでなく「戦友」でなければならない側面もあるだろう。
音楽とは社会がもたらす矛盾や人間関係の亀裂や自己内で湧き起こる怒りなどの敵達に向き合い共闘してくれるこの戦友に何度救われたことか。

そんなことを思い起こしてくれる新たなアンセムが誕生した。そんな3曲である。


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1.when I

音楽とはただ安らぎをもたらだけではなく社会や人間関係がもたらす矛盾や亀裂や感情の歪み等の「敵」に向き合ってくれたりもする。


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そして本曲は

you’ll be fine, I’m with you

そんな事を囁いてくれる戦友のような存在である。

音楽とはただ安らぎをもたらだけではなく社会や人間関係がもたらす矛盾や亀裂や感情の歪み等の「敵」に向き合ってくれたりもする。
そして本曲は
「you’ll be fine, I’m with you」
そんな事を囁いてくれる戦友のような存在である。

To those who fight in invisible places
見えない所で闘う

と言うフレーズはそれこそ我々がいる「この地」のみならず物理的な戦いが繰り広げられている海を超えた「あの地」に至るまで多様なニュアンスを持って響いてくるように思えてならない。

 

2.san

一年前までいたあの場所、あの日々。ノスタルジックな思いにかられるからこそ「ただ変わらずそこにあるもの」に気づけるものなのかも。

そっぽむくあの日でも 

あの日でもやけに腹が立つ日も

いつも変わらずあったからさ

個人的にどこか『シェルティ』の世界と相通ずるように思えたり。正にpodz 印の真骨頂がここにある。本曲はLIVEでの演奏率は割と高い。先ほど触れた『シェルティ』の前後に置かれることから【あの頃から今へ繋ぐノスタルジック姉妹曲】であると解釈しているがいかがだろうか?昨年の11月に開催された植城微香(Ueki Soyoka)とのツーマンMCで触れてたが因みにタイトル『san』は文字通り3番目という意味らしい。san』 は先月京都での野外ライブ「なかなか素直になれないんですけど大切なあの場所を思って作りました」と前置きして放たれたが、【あの場所】の所在を知る由もない。だが、誰にも心の拠り所となる【あの場所】はどこかに存在するものだ。

このような普遍性こそPOPSの役目だと思う。

 

3.ひとつだけ

『when I』 が「世界」に対峙した曲とすると本曲は
「私」に向き合ったミニマムな世界をピアノと語りかけるようなボーカリゼーションが印象的な内省的な曲。『#whenI』のドラマティックなマニフェスト曲に比べピアノと語りかけるようなボーカリゼーションの静謐な曲という印象だがだからこそ

僕の声が誰かの肩叩けるならここにいてよ

というフレーズは強く響く。
本曲もまた日常という戦場で生きる為の歌である。

 

第四楽章: Sg『ヤサシイウタ』レビュー

1.ねえ。
pod’z曲に一貫しているのは【他者への問いかけ】。それは『kona』の「キミ」であったり、『声』における「世界」であったり、『すき』の「内なる他者」であったり。
そして本曲は「問い」にフォーカスし、メランコリックに音像化する事に成功している。

 

2.BGM

3曲入りsg『ヤサシイウタ』にのみ収録されている隠れた名曲。夏の終わりを追憶する歌詞にそっと寄り添うような中期ビートルズのような逆回転サウンドが穏やかに寄り添うサウンドスケープ。これまで個人的には聞いた事はないが、LIVEでも時折夏あたりに演奏されるらしいとか持ってたら、「心斎橋夜を灯して」にて開催された5/28の新譜『classical』リリース前夜のレア配信イベントで初聴きした。夏の終わり、ひぐらしの鳴き声と共に聴いてみたいものだ。

 

第五楽章: 『レイダー』レビュー

1.レイダー

ここでは3曲ながらpod‘zのポテンシャルを十分に堪能できる。

この表題曲『レイダー』は『106』バージョンより以前にレコーディングされたのが【ちがったな】という一節の歌い方からも分かる。そして特筆すべきは3曲目の荘厳さすら感じる『yo-eb』。いつかLIVEで聴きたい珠玉の名曲だ。


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2.つくりもの

pod’z曲に一貫しているのは【他者への問いかけ】。それはこの『つくりもの』にはシングル『レイダー』に収録されているバージョンも存在する。曲展開のダイナミズムは同じだがもっと初期衝動荒削りさに満ちている気がする。「うた」とは「音楽」とは決して本曲で歌われる虚像(作りもの)ではない事を示唆しているのかも。

 

3. yo-eb
3曲入りSg『レイダー』に収録されている未配信曲だがpod‘z曲の中でもベスト5入りは必須であろう大名曲。どこか『kona』に垣間見えた人生を俯瞰するような彼ら独特の視点と、あと後半の壮大なコーラス展開は完全にHARUKA NAKAMURAが教会で開催するライブの世界観。

ゴスペルっぽい曲調を彷彿とさせる神秘的なコーラスとが融合したケミストリーに圧倒される。

 

第六楽章: Sg『ケミー』

ずっとみてきた想像で描く先へ

どこまでいける?

追い風よ吹け

この曲はpod‘zというバンドを知る(であろう)全ての人に対するメッセージであると共に、新譜とツアーを目前に更なるメインストリームに駆け抜けようとするpod’z自体をも象徴しているようだ。2024年を代表する応援歌になれば良い。


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pod'zは今正に「追い風よ吹け」というフレーズに最も説得性があるバンドだと思う。この曲調や歌詞やアレンジの多彩さ、ライブパフォーマンスのエモーションなどの全てがもうバキバキにきているから。

2024年の夏を本曲が爽やかに駆け抜ける事だろう。

 

最終章:  mini album『-classical-』へ

コロナ禍で有効だったプロセスエコノミーという手法論も限界がきている。だってエンタメてどんなにポップであっても決して気軽に連絡できる友達じゃないもの。重要なのは19世紀以降の歴史を経て生まれた作品であり演目でありパフォーマンスなりにしっかり向き合う事。エンタメとは闘争の記録なのだ。

だからこそ5月になって立て続けに出くわす作品群に対峙できる事を嬉しく思うのだ。

これらのアルバム達を紹介しよう。

1.チリヌルヲワカの『バイヲロジー

鹿・魚・羊・鷹・蟻・狐・蛙とタイトルが全て動物名で占められ一つの輪廻転生を繰り返すようにまるでバンドサウンドが憑依する曲構成からなるコンセプトアルバムだと受け取った。本盤に続きがあるとしたらタイトルは『人-human-』だったりして。

「なぜ輪廻転生なのに鷹から蟻にグレードダウンするんだろう?」等と真剣に考えていたが重要な事に気づく。これは中島優美(ユウ)という天才音楽家の思考回路のなせる技なのだ。かつてPaul McCartneyは『RAM』という羊をコンセプトにALを作った。それぐらいのレベルだと思う。


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2. RAYSAの『一人、一頻り』

「名盤」という言葉を乱用するとこの言葉の原義がスポイルされるので無闇に書かないようにはしてるんだけれども今日何度も聴いた結果断言します。これは名盤です。 特に『Quark』、『青春』『月風船』には日本のオルタナティブロックが表現すべきだった原風景がある。3年前から密かに音源化を望んでいた『Quark』からスペーシーな世界の『月風船』に至るまでの全6曲、何気ない日常の光景から人生観に至るまでとにかくボーカルの表現力の幅がとても広い。
インディーズ時代のきのこ帝国が好きな人は絶対ハマるだろう。


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3. すてばち『すてばち』

2月末に古書ビビビで購入した すてばち というバンドのこのミニアルバムが破格に素晴らしい。もう世の中に蔓延るヤケクソな空気感をガレージロックで燃やし尽くさんとする感じ!!紛れもなく『Rumble』期のガレージロックバキバキ期のミッシェル・ガン・エレファントが好きだと100%ハマるだろう。前のアルバムだと『たそがれ族』が狂ってて最高!

コレです!これぞROCK!
爽やかで耳障りの良いポップロックではなくTMGE文脈では『キャンディ・ハウス』辺りのパブロックやらブルースやら少し文学的な香りすらを染み込ませた腹の底から「カッコええ〜!」とうなり声を上げるあのROCKの復権
いつかLIVEで会おう!

4. WtB(Who the Bitch)『Stories-EP-』

最近WtBに表記が変わってからカジュアルに突き抜けた印象が3人のビジュアルからもびしびし伝わってきてる今日この頃だが、正にそんなバンドイメージを象徴しているようなパワフルなパンキッシュソングが表題曲である。
或いは新たな「卒業アンセム」の爆誕なのかも。WtBの魅力はパンクバンドとしてのスタンスを有しながらラウドでパワフルなサウンドの中に飽くなきロマンティシズムをブチ込む瞬間があってそこがいつも泣けるのだが本盤では正にそれを『車輪』という曲に感じた。
リード曲『明日また答えを』における「変わりたい訳じゃなくて自分の足で立ってたいんだ」本フレーズに限りなく惹かれている。
時代の求めるセオリーをぶち壊してまでも守るべきものがある。そう言いたげな3人の表情がとても晴れやかだから。
これは新たなアンセムの誕生なのかも。
生き抜いた末の揺るぎなき傑作の誕生 。


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いやはや、どれもまごう事なき傑作だ。そして本日、5月29日、我々の日常を照らす事になるであろう太陽のような新たな音源が新たにリリースされる。そう、この曲を含め初のmini albumとしては初の『classical』という新譜がリリースされるのだ。

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私はpod'zの音楽を「日常に寄り添うサウンドトラック」と定義しているが本盤では更にそこから未来へと誘ってくれるような壮大な6つの光景がここにある。あと本タイトルは田中宗一郎氏の「未来を掴むには過去から始めなければならない」という名言を思い出す。

本盤におけるラスト6曲目の『classical』という曲の

流れゆく歴史が伝え積み重ねた

受け継がれ君が僕と出会ったから

というフレーズを聞いてハッとした。

冒頭で紹介した、田中宗一郎(タナソー)氏を引用してポップカルチャーのあり方を模索したがそこでの彼による「ポップミュージックとは歴史の積み重ねである」という言明を思い出す。再喝する。

19世紀後半から映画でも音楽でも演劇でもそれについて書かれた書物、原稿、評論というものがあって、それにアクセスできる観客の存在があった。その観客と評論家と作家が一つの作品というもので結ばれたトライアングルというものが成立していて、その一つが欠けたら素晴らしい豊穣な作品は生まれなかった。その意味においてものを作るときに大事なものは歴史への尊厳だ。

正に時代が進むにつれ益々多くの引用や文献が積み重ねられていて、それらをより享受するには音を奏でる者とオーディエンスとの関係性があるのだ。そう、流れつぐ歴史とはポップカルチャーそのものであり、「君」と「僕」というのは「ミュージック」と「オーディエンス」なのだ。まさかのまさかでなんとここにきてタナソーとpod'zがリンクしてしまったのだ。


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 そしてこの『classical』には『iro』という素晴らしい曲も収録されている。そもそもタイトルの「iro=色」とは🟦や🟥や🟨が存在している訳ではなく脳の認識によって判断されるのだという。それは音楽を聴いて自分に合う(↔︎合わない)と思う感性と似ているかもしれない。

きっとずっと欲しかったものは

不確かでカタチのないもの

このカタチのないものこそが色であり、音楽なのだと思ったりしている。本日リリースされたこれらの新たな6楽章にわたるpod‘zの色とりどりのフラワーのような音像達は人の心にどのような「iro」を灯すのだろう。

そして順番は前後するが『フラワー』にも触れよう。

僕らは日々「言葉合わせと目線合わせて答え合わせとそれに伴う辻褄合わせ」に追われている。そんな少し疲れた帰りの電車でつく溜息のようなリアルな心象風景が歌われている。

でも軽快なアレンジと駅の意味合いが変わる時ハッとする。

ワンコーラス目での

眺める景色

過ぎていった駅は 

前に虚しくなって泣いた駅だ

からツーコーラス目になると

眺める景色

過ぎていった駅は 

前に嬉しくなって笑った駅だ

このように歌の登場人物における「駅」の意味合いが変わる瞬間に心の中でぽっと小さな花が咲くようなポジティティもブレンドされている。もしかして何気にこの曲は「新境地」かもしれない。

 そして本稿のブログ記事のタイトルは『クロヨア』の歌詞の一部をとって「いつかくだらない話をしよう」にするつもりだったが、ここにきて『classic』の壮大な調べは明らかにpodz がネクストチャプターに突入したことにインスパイアされ消しゴムの残骸へと消えてしまった。そしてこの記事のタイトルは「流れつぐ歴史が伝えるポップミュージックの真髄とは」というタイトルへと変わっていった。そして本ブログも相変わらず17510字を超える壮大な記事になってしまったがそれも仕方あるまい。もはやそれぐらいここに鳴っている6曲はとても強いのだから。最後に、私は本記事を通じ「音楽に言葉は必要ない」「音楽なんて楽しければそれでいい。」という意見を持つ奴らに真っ向勝負を挑みたい。

 

 

得てして優れたpop musicとは100年に渡るClassical Heritage(古典的遺産)と時代とのケミストリーの賜物であり、新たな色彩を持つ作品が生まれる度に再解釈が必要だと思うから。

そう、全ての私の支持するポップミュージックよ、私の愛してやまないポップカルチャーよ、

今こそ時は来た、追い風よ吹け。

# podzを世界へ

 

Appendix; pod'zフリーライブCOLLECTION 

🎤2024.3.9(土) KYOTO TOWER SAND 


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2024.3.9(土) KYOTO TOWER SAND 

1.ケミー 

2.アイビー 

3.レイダー 

4.when I 

5.kona 

6.クロヨア

7.Oh!

アップリンク京都での映画鑑賞後に京都駅に出てみればLIVEやってたというこの上ないジャストタイミングで #podz ! やはりこの人達は未知の人も関係なく全体を巻き込んでLIVE空間を作るのがめちゃくちゃ上手い。これぞ誰もがコール&レスポンスしたくなる音楽、これぞポップミュージックの真髄だと思う。 現時点で最新曲『ケミー』がLIVEで聴くと一際輝きと疾走感が増してひたすら良い。 一つ一つの小さな花びらが春になれば満開の美しい色彩を誇る桜の光景を生み出すように彼らの一つ一つのパフォーマンスの積み重ねも更に大きなブレイクスルーを生み出すという確信させる珠玉曲だ。

ラスト曲「Oh!」について、全世界に現存するCall&responseのオリジナル曲を有するバンド達よ、刮目せよ!

この完璧なCall&response の7Stepを!

①褒めて

②笑って

③無茶振りして

④ダメ出ししつつも

⑤①〜④全てを盛り上がりに転じさせ

⑥『Oh!』という曲のサビを全員で大合唱しつつ

⑦感動的に締める

これを 「podzマジック」と呼ぼう。

 

🎸2024.3.16 @京都立誠ひろば 

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2024.3.16 @京都立誠ひろば

①アイビー

②クロヨア

③ワッツ・ライク・ミー

シェルティ

⑤ San

⑥ レイダー

⑦ ケミー

家族連れも多い晴天の空の元、昔小学校の中庭だった芝生に座って日光を浴びながらというレアかつ最高のロケーションでのライブ。 特に④〜⑥の穏やかな曲群の流れがひたすら心地よかった。 podz というバンドの魅力を一言で言い表せばズバリ「バランス感覚」ではないだろうか。まるで西島大介氏のイラストから飛び出してきたようなボーカルHanna氏を筆頭に、エモさとユルさと力強さとのバランス感が絶妙なのだ。 正に『シェルティ』はそんな彼女らのバンド性を象徴した珠玉の名曲だと思う。

 

🎹2024.3.17/pod‘z @梅小路公園

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2024/03/17@梅小路公園
①レイダー
② ケミー
③ ペアカップ
④ すき
⑤ san
シェルティ
⑦ when I
⑧ ヤサシイウタ
⑨Oh!

昨日とほぼ被り曲なし。
今日の天気を踏まえ改変されたというセトリ構成。
「何を持って正義と成す?」と静かに問いかける⑦は昨日のSNS上で飛び交った映画館の議論そのものだったな
ここでちょっとした奇跡が。
開始前その辺で遊んでた小学生グループがスタッフに「ラップ(演奏)する?」などと聞いてて「ヒップホップじゃねえぞwまあ”ペアカップ“ならラップっぽいけど」とか思ってたら本当に演奏してたのめちゃくちゃビックリ(笑)
現に彼らも飛び跳ねてた。
これを 「podzマジック」と呼ぼう(2度目)。

 

 

 

 

 

 

*1:本記事は以下のXでのポストを元に拡張したもの 【マニフェスト

2024年内にpod‘zというバンドが今まで以上に大飛躍して更にブレイクスルーを果たす気がしてならない。
5月に迫る新譜までのこの1ヶ月間、現在リリースされている音源1日1曲の全25曲全てのレビューツイートしようと思う。
タグは#今日のpodz曲#podzを世界へ https://t.co/03nUuihYvm

— ネノメタル𒅒Ahead Of the TRUTH (@AnatomyOfNMT) 2024年4月21日

*2:『girlfriend 』を主体とした天野花に関する過去記事

nenometal.hatenablog.com

*3:

nenometal.hatenablog.com

nenometal.hatenablog.com

*4: